群れる黒(5)
鎖は、地面の上を走っていく。
砕けたアスファルトのすき間を縫い、がらんどうになった植え込みの影を回り込んで——
中型の足元まで、そっと忍び寄る。
獣はまだ、大型とブレイドのほうを見ていた。
牙をむき、喉を鳴らして、今にもそっちへ飛び込もうとしている。
今だ。
足首のあたりから、鎖を一気に跳ね上げる。
黒鉄の輪が三重、四重と絡みつき、脚をまとめて縛り上げた。
中型が、ぎょっとしたように身を揺らす。
バランスを崩したその瞬間——
「ドロップ!」
槍の子——セレスが、短く呼ぶ声が聞こえた。
「は、はいっ……! 《アクア・ウェイブ》!」
水色の子——ドロップが、慌てたように両手を前へ突き出す。
弓ではなく、手から水の衝撃波のようなものが炸裂し、縛られた獣の足元をさらっていく。
中型の体が、どさりと横倒しになった。
そこへ、鎖をぐっと締める。
骨が軋む手応えが、いやに生々しく伝わってきた。
……なんか……ごめんね。
ちょっぴり申し訳なく思っていると、頭部めがけて水色の光が収束する。
ドロップの矢が、一直線に飛んでいく。
「——っ!」
鈍い音とともに、獣の頭が弾けた。
黒煙と光の粒が噴き出し、輪郭がほどけていく。
ひとつ、消えた。
鎖を解きながら視線を移すと、もう一匹の中型が、大型の影に紛れるように動いていた。
今度はそっちの逃げ道に、ざらざらと鎖を何本か這わせておく。
本格的に縛るのではなく、行く手を塞ぐ程度に。
「セレス、あっち!」
「わかってる!」
槍の子——セレスが、中型と大型のあいだのラインに飛び出した。
柄を握り直し、槍先に細い雷の筋をまとわせる。
「——《スパーク・スティング》!」
電撃をまとった突きが、中型の前脚をかすめる。
光が弾けて、獣の動きが一瞬だけ鈍くなった。
そこへ、ドロップが距離を保ったまま矢を番える。
さっきより、少しだけ落ち着いた手つき。
「あたってください……! 《ウォーター・ボルト》!」
放たれた矢が、雷で痺れた脚を正確に撃ち抜く。
よろめいた首元へ、追い打ちの一発。水の弾丸が、急所を穿つ。
中型が、さっきと同じように黒煙と光になって崩れた。
これで——雑魚は、全部。
残っているのは、ブレイドが引きつけてくれている大型だけだ。
まだ、息は上がっていない。
足取りも重いけれど、決してふらついてはいない。
試しに、鎖を一本、もう一度鞭みたいに振り下ろしてみる。
今度は、さっき打ち付けたところを狙って。
ごん、と、やっぱり鈍い音。
黒煙が散るけれど、深く抉れている感触はない。
……やっぱり、生半可な攻撃じゃ意味はなさそうだ。
そう考えていると、下からセレスの声がした。
「今のうちに、できるだけ動けないようにして! 攻撃はこっちでやるから!」
さっきまでの警戒混じりの声と違って、今度ははっきり、“戦力”として当てにしている口ぶりだった。
自分の中で、さっきの感触をなぞる。
さっきみたいにただ縛るだけじゃ、また力負けする。
場合によっては引っ張られて、反撃をもらうかもしれない。
なら——動かないものごと、つなげばいい。
一度、鎖をできる限り全部引き戻す。
裾の内側が、ぐ、と重くなる。
深く考える前に、まとめて解き放つ。
ドレスの裾が大きく波立ち、黒鉄の鎖がどっと溢れた。
今まで出したことのない本数。
胸の奥に熱のような痛みが走るが、構わず鎖を増やし続ける。
……なんか、鎖たちが生き物みたいにウゴウゴしてて気持ち悪いかも。
自分でも、少しだけ引く。
何本かは大型の胴と脚に向かわせ、
何本かは地面を突き破って下のコンクリートや鉄筋に絡みつき、
何本かは近くの電柱やガードレール、ビルの外階段にまで伸びていく。
街そのものを編み棒みたいに使って、巨大な獣を縫い止めるみたいに。
鎖に巻き付かれた大型は全身で暴れた。
電柱がぎし、と鳴り、階段がびきびきと悲鳴をあげる。
それでも、本数も多いため今度は鎖がちぎれない。
その代わり、自分のほうがずるりと下へ引かれる。
視界の高さが一瞬で落ちて、地面に叩きつけられそうになるが、どうにか浮遊で緩和して着地する。
やはり、浮遊と鎖操作は同時に使いこなすには技術が要りそうだ。
そう思ったところで、お腹がきゅるっと小さく鳴った。
いまじゃない、と心の中でだけ呟いて、力を込め直す。
ちら、とセレスに視線を向けると、意図が伝わったのか、短く頷き返してくれる。
「今! 脚、撃つ!」
セレスが、短く叫んだ。
「は、はいっ……!」
ドロップが深呼吸をしてから、《ウォーター・ボルト》を膝のあたりめがけて放つ。
水の弾丸が関節を撃ち抜き、大型の重心が前に崩れた。
鎖をさらに締める。
ここで離したら、多分全部無駄になる。
「ブレイド、いける!?」
「いけるーーっ! ……はず!」
ブレイドが、崩れかけた巨体の側面へと駆け込む。
牙が届くか届かないかのぎりぎりを踏み込み、双剣に光をまとわせる。
一方で、セレスは雷を槍に集めていた。
槍先に集まった光が、心臓の鼓動のように点滅する。
「——《サンダー・ランス》!」
低く呟いて、踏み込む。
雷を纏った槍が、縫い止められた胸部を貫いた。
内部を、稲妻が走る。
背中の棘一本一本が青白く光り、ひび割れたガラスみたいに震えた。
「とおりゃあああああっ!」
続けざまに、ブレイドが跳ぶ。
崩れ込んだ巨体の横腹を、斜めに一文字に斬り抜ける。
雷と水と斬撃と、締め上げる鎖の力。
全部が重なったところで、大型の輪郭がぐずりと崩れた。
黒煙と光の粒が、夜空へ吹き上がる。
胸のあたりを押していた重たい空気が、ふっと軽くなった。




