群れる黒(4)
「……まにあった」
上空から魔災獣を見つけて咄嗟に鎖を伸ばしたが、背骨から棘を生やした大型の魔災獣の胴と脚に巻き付き、ぎちぎちと嫌な音を立てて締め上げている。
足元から伝わってくる重さは、今までとは比べ物にならない。
浮いている自分の体が、少しだけ下へ引きずられるほどに重い。
それでも両手を前に突き出して、力を込め続ける。
ここで止めないと、下にいる誰かが、あの足の下で潰されるかもしれない。
視線を落とすと、三つの影が動き回っていた。
ひとりは、前にも見かけた双剣の子。
金色のポニーテールが跳ねて、スポーティな鎧スカートが光を弾く。
あのときと同じく、きびきびとした動きだ。
残りのふたりは、見覚えがない。
紺色の長い髪を後ろで束ねた子が、細長い槍を構えている。
淡い水色の髪を肩で揺らす子は、弓を引き絞り、矢じりのあたりに水属性っぽい光——魔力を溜めていた。
ちゃんとした魔法少女の衣装。
自分のボロボロのドレスとは、だいぶ違う。
そのうちのひとり——槍の子が、真っ先に自分を見上げた。
敵か味方か、まだ決めていない顔。
眉がわずかに寄っていて、目つきは鋭い。
……自分、なにかしたっけ。
そう思うけれど、考えている時間はない。
足元で、大型がうねった。
背中の棘がぎしぎしと軋む。
鎖もそれに合わせて、悲鳴をあげる。
横合いで、中型の魔災獣のうち一匹が、ぴたりと動きを止めた。
頭を持ち上げ、群れのボスの邪魔をする鎖を辿って、まっすぐ上を向く。
目が合った気がした。
次の瞬間、その中型は地面を蹴った。
瓦礫を蹴散らしながら、一直線に自分のほうへ跳び上がってくる。
反射的に、別の鎖を一本、体の前へ突き出した。
盾みたいに、あいだに挟み込むように。
黒い影と鉄の輪がぶつかる。
衝撃で軌道はわずかにずれ、中型は自分の横をかすめて落ちていった。
そのぶん——大型にかけていた意識と力が、少しだけ薄くなる。
その隙を逃さず、大型が全身をねじった。
鎖がきしみ、嫌な音が高くなっていく。
ぎしぎし、ぎちぎち——ばきん。
骨を折るような音がした。
身体にかかっていた重みが、急に軽くなる。
驚いて見下ろすと、大型に巻きついていた鎖の一本が、途中からぽっきりと折れて垂れ下がっていた。
今まで、そんなことは一度もなかった。
いくら暴れても、擦り削れることはあっても、ちぎれるなんて。
戸惑っているあいだにも、大型は止まらない。
残りの鎖を引きちぎろうと、さらに力を込めていき、拘束がほどけていく。
息を詰めたまま、残っている鎖を引き戻す。
巻き付け直す余裕はもうない。それに、さっきは奇襲が成功したけれど、今度はおとなしく拘束させてくれないだろう。
だったら——物理攻撃しかない。
さっきまでの戦闘で、少しは鎖の扱いのコツを掴んだ気がする。
鎖を一度上空へ跳ね上げてから、鞭のようにしならせる。
棘だらけの肩口めがけて、勢いのまま叩きつけた。
ごん、と鈍い音。
表面の黒煙が、かすかに散る。
拙い操作だけれど、効いていないわけではない。
でも、それだけだ。
もう一本。今度は胴。
脚。背中。
何度も何度も、金属の鞭みたいに叩きつける。
音と煙は出る。
でも、肉までは届いていない感覚が残る。
厚い何かに阻まれて、外側だけ削っているみたいだ。
——かたい。
先に倒した中型ハイエナより、ずっと。
巻きつけるだけでも駄目で、殴るだけでも足りない。
どうしたものか、と考えていると、
下から、はっきりした声が飛んだ。
「ブレイド! 大型、引きつけて。中型は先に落とす!」
槍の子だ。
さっきの警戒した目のまま、きっぱりと双剣の子に指示を飛ばしている。
「えっ、あれのおとりやれってこと!?」
双剣の子——ブレイドが、半分悲鳴みたいな声を上げた。
視線の先には、まだ鎖の痕を残しながら巨体を揺らす大型。
「ブレイドなら出来るでしょ。さっきの中型みたいに、足止めだけでいいから。中型は、ドロップとわたしがやる」
槍の子——セレスの声は、べつに優しくはない。
でも、落ち着いていて、状況を正面から見ている声だ。
「も〜〜っ、セレスはそうやって軽く言う……!」
文句を言いながらも、ブレイドはちゃんと前へ出る。
大型の牙が届きそうなぎりぎりの距離を、ポニーテールを揺らして跳ね回る。
しゃがみ込んで滑り込み、
足を蹴って後ろ宙返り、
すれ違いざまに斬りつける。
すごいな、と自分は思う。
あんなふうに動けたら、きっと気持ちいい。
……でも、ちょっとかわいそう。
おとり役。
そんなことを考えていたら、ふたたび槍の子と目が合った。
さっきよりは刺すような視線じゃない。
けれど、油断もしていない目。
「——そこの、あなた」
見上げたまま、短く呼びかけられる。
「中型を先に片づける。手を貸してちょうだい」
少し距離を置く言い方。
警戒はまだ解いていないのが伝わってくるけれど、
今は協力すべきだと理解している声でもある。
自分は何も言わずに頷く。
裾の影に意識を落として、地面のほうへ鎖をすべらせた。




