逃避行?
「やっと休憩か」
「疲れたかグラム?」
「疲れたというか、見ていられないというか」
俺はソファーの上で溶けた。辛うじて出来たことは、用意された紅茶とお菓子を胃に投げ込む事。未だ回復しない気分で、先程の会談を思い出す。
「正直言うがよ、王は結構譲歩してたよな」
「結構どころかほぼ利は捨てている。それなのに他国は」
はぁ、と溜息を吐くハルトマン。今回ばかりは同情する。
ニクス帝国の侵略は、我が国に集中している。簡単に言えば、防波堤になっているのだ。それに帝国と面している国は他にもある。決して他人事ではない……筈。
「足の引っ張り合いか」
「認識が甘いんだと」
俺と彼の会話。それを壁際で聞いている、金髪の少女が割り込んできた。普通は怒る所だ。しかし俺は気分を良くし、テスト代わりに聞いてみる。
「へぇ、言うじゃないかレイ。じゃ説明してもらおうか、各国の特徴を」
「えっと……」
彼女が何故ここにいるか? 理由は色々ある。
まずは家系、そして掴み取った手柄。それを加味した上での疑問だ。
「そもそもレイ、お前は何故こっち側にいる? 画面の向こう、王宮にいないと駄目だろう。アレイスターに代理で出席してくれと泣きついたのは報告されてるぞ」
彼女はバツの悪い顔をする。
わかっているだろう。この場にいる誰もが、彼女が王城側にいる事を望んでいた。
「……自分でもわかっているんです。私の実力から大きく逸脱した功績を上げたと。だから王宮側に居るのは気まずいんですよね」
国王とルドラ様は、出ろと命じた。ハルトマンは促す。だが俺だけは、好きにしろと委ねた。
(俺はきっと、レイに甘いのだろうな)
功績を上げたのに、罰ゲームが待っている。それはそれで嫌だろう。あくまでも褒美とは、望んだ物をあげるべきだ。
彼女が何をしたか? それは帝国賢者の1人を捕らえた。
賢者。
帝国の軍師に送られる称号。格としては我が国の将軍と同じだ。
被験体を望み。帝国は何の特徴もない、普通の村を占領した。周到ではあった。村人を1人も逃さず確保出来たのだ、ただ運はない。
村にはレイが滞在していた。本当に偶然だったらしく、占領された直後は宿屋で寝ていたらしい。目を覚ました彼女は、即座に村を解放。品定めをしていた賢者を確保する。
アレイスターの件から3ヶ月。今は9月だ。
彼女の才能は認めている。副官と一緒だったとはいえ、帝国の賢者。それを守る護衛を蹴散らし確保したのは、俺から見ても偉大な功績だ。
彼女は頬をかいた。そして後悔するよう下を向く。謙遜した姿に俺が褒めなくては、という使命感が生まれた。
この場は、俺と将軍がソファーに座る。彼女と魔法を使っている男性が立っていた。
「レイ、こっちに来い」
大きなソファーだ。空きスペースを叩き、来るように促す。
「えっと」
破笑した彼女。しかし直ぐに表情を引き締める。この場は基本、彼女より上位階級の者しかいない。俺が許可したとはいえ、提案に乗るのは如何なものか? せめてハルトマンの許可は欲しいと、物欲しそうに周囲を見渡す。
「レイ、構わないよ」
「失礼します」
聞いた彼女は、駆け出すよう俺の隣へ座った。
「お前は良くやってる。賢者を捕まえるなんてな、俺も驚いた。護衛も強かっただろ?」
俺は彼女の頭を撫でる。世の幸せを独り占め、そんな表情をレイはする。褒めがいのある姿に俺も嬉しくなった。
「ごほん。レ、レイ? 借りにもここは軍の施設だ。そこら辺でな」
止めたのは転写魔法を使っていた男性。彼の言葉が彼女を現実に戻した。
「は?! お父さん、何でもありません。あ、間違えた。トルネ中将、すいません」
「以後気をつけるように。さてグラム将軍」
彼女の謝罪を受けた後、男性がこちらを睨む。
「グラム将軍も、ここは軍の施設です。年端もいかぬ少女を誘惑しないで下さい」
「少女だからじゃなくて、娘だからでは?」
「な」
男性はメガネを落とす。言葉を発する毎に、眼鏡を上げ下げしていれば、いずれこうなっただろう。
加えてだ。
「お前さんの負けだなトルネ」
「将軍!!」
信じていた上司、彼からも笑われる。泣き混じりの声が部屋に響く。
「ハルトマン将軍。もう良いでしょ?」
俺は時計を見て立ち上がる。そろそろ会談が再開する頃合い。
「何がだ?」
「この状況、付き合ってられない」
王が同盟を進めたい理由。
帝国に侵攻されている。なのに文句すら言えない、この現状を変えるためだ。
大陸3位の国、シルバード王国がそうなのだ。手を組む以外に方法はないはず。それでも尚、他国が利益とほざく。
(だから俺は、今の王様を買ってるんだけどな)
彼は生まれながらの上流階級。しかし泥を飲める。ルドラ様の下地は彼から遺伝した。そう思えば前半は我慢出来たのだが。
それに気がかりな事がある。先日伝えられた、取引相手からの情報だ。
俺は隣に座っているレイ。彼女を脇に抱えた。
「ちょっとグラム、降ろして下さい」
「ハルトマン将軍、貴方もこの面倒な会談を終わらせるべきだと思いませんか? なぁに、ついでですよ。この馬鹿を連れて行くという名目で、首脳達のケツを蹴り上げてきます」
悪い笑みを作り出す。
ハルトマンは目尻を揉んだ。そして数分の長考。
「……わかった。ここまで来ると、あの話は本当かもしれないしな。こちらは上手く誤魔化しておく」
「そう来ないと。将軍の判断に感謝にします」
手振りだけの敬礼に留め、急ぎ部屋から逃げた。
メガネを探す彼女の父。彼の視力が戻る前に、部屋を出ねばならない。なんせ文句を言われそうだから。
「レイどうした? 逃げないのか?」
会議室から駆け出す頃には、彼女は抵抗をやめていた。
顔が見えないよう俯き。元気よく腕を突き出す。
「……黙秘です。取り敢えず外にゴー」
「了解」
兵士達の温かい視線を背に受け、走り出す。俺達は下町に姿を消した。




