登校
「雪乃のやつ、学校に行くのにメイクなんかしてるのか……?」
普段の送迎は奈緒が担当していたため、僕が雪乃と咲愛を病院の臨時校舎へ送っていくのはこれが初めてだった。車に乗り込んできた雪乃がバッチリメイクを決めていたので、僕は少し驚いてしまった。
「雪乃ちゃんは、男の人にモテモテなんだよー」
「雪乃ちゃんは男好き」
咲愛の妹である千鶴が無邪気に教えてくれ、その横から咲愛がぽつりと追撃する。
「違うし! 私はマサキさん一筋だし! メイクは身だしなみだよ。それに校則だって無いんだから、お洒落くらいしたいよね?」
「雪乃は可愛いからな。もし年相応で好きな人が出来たら、僕は応援するよ」
「いやー! マサキさん、そんな冷たいこと言わないで!」
「雪乃ちゃんは、オジさんにもモテてる」
「あー……それは……。まあ、大事なのは雪乃自身の気持ちだけどね」
雪乃は可愛いし、女子高生にしてはどこか大人びた艶っぽさがある。恋愛対象としてではなく、体目的で不躾に近寄ってくる男はいくらでもいそうな気がした。
だからと言って、僕と彼女一人と付き合っているわけでもないから、強く束縛はできない。彼女自身が誰かを選ぶのであれば、口出しする権利はないのだと思っていた。
◇
病院へ到着すると、駐車場に車を止め、避難者の居住区として開放されているC棟へと向かった。
8階建ての大きな建物の1・2階を学校や食堂などの共同設備に充て、上の階は避難者の宿泊スペースとして利用されている。
「木下! なんだ、その男は!?」
正面玄関をくぐった瞬間、大声を張り上げて近づいてくる人物がいた。
40代後半くらいの中肉中背の男だ。
「……朝からスケシマとか、マジでうざ……」
雪乃は露骨に嫌悪感を剥き出しにした表情を浮かべた。
「それに何だ、その化粧は! お前は学生なんだぞ!」
頭ごなしに怒鳴りつけてくる教師に苛立ったのか、雪乃は僕の腕をキュッと抱きかかえ、豊満な胸をぴったりと密着させてきた。
「私の彼氏ですけど? 先生には関係ありませんよね?」
「な、何だと……! お前は学校を何だと思っているんだ!」
挑発的な態度をとる雪乃も問題だが、この教師の圧迫的な態度も酷すぎる。僕は雪乃を背中に庇うように一歩前へ出た。
「僕は彼女を保護している井上と申します。今日は送迎のために参りました」
「保護だと……? お前、高校生の木下に不埒な真似をしているんじゃないだろうな!?」
「いきなり因縁をつけるのは失礼じゃないですか? それに……雪乃からは、あなたからセクハラを受けていると聞いていますが」
「はあ!? 何がセクハラだ! 俺は木下の服装の乱れを注意しているだけだ! そもそも、お前は何様だ!」
「僕は現在、臨時の警察署の憩いの里にて警察の要請を受け、警官と組んで街のパトロールを行っています。そして僕には、女性に対して危害を加える者をしかるべく対処する権限も与えられています」
「ハッ、嘘をつけ! お前みたいな優男に警察の仕事が務まるか!」
「信じてもらえないなら、今すぐこの白心病院の院長である白崎京太郎氏を呼んでいただいても構いませんよ。僕の立場は、彼の推薦によるものですから」
「し、白崎院長の推薦だと……? ……それなら、本当なんだろうな……っ」
白崎院長の名が出た途端、スケシマの顔色が露骨に変わった。
「今回は見逃しますが、これからは雪乃に指一本触れないでください。……雪乃、行こうか」
「はいっ!」
雪乃は満面の笑みを浮かべ、してやったりと言わんばかりの表情で僕についてきた。
だが──背後から突き刺さる教師の執念深い視線を感じながら、僕は軽率だったかもしれないと後悔していた。
白崎院長の名前を出してその場を収めたものの、余計な摩擦を生んでしまった。この不安定な社会において、誰かの恨みを買うことはリスクでしかないのだから。




