愛の行為
「井上。今回は結果オーライだったが、あの手のケースでは一度引かないとダメだ。下手に刺激して最悪の事態になれば、彼女たちが危険な目に遭うことになる」
パトカーを走らせながら、原口が静かに言った。
現場で原口が男たちの口車に乗って引き下がろうとした時、僕は違和感を覚えたのだが、彼は一度引いたフリをして男たちの隙を突き、確実に救助するつもりだったのだ。彼女たちの安全を最優先に考えるなら、それがベストの選択だったのだろう。
「……確かに原口さんの言う通りですね。僕が早計でした」
「まあ、警官の仕事なんて結果が全てな部分もあるし、時間をかけるデメリットもあるからな。今回は井上のお手柄だよ」
原口はそう言って笑った。変に先輩風を吹かすわけでもなく、認めるべきところは素直に認める度量の大きさを感じさせた。
それからも、僕たちは原口とパトロールを続けた。
「助かります……! 本当にありがとうございました」
「いえいえ、また食糧を持って伺いますからご安心ください」
僕がそう声をかけると、主婦と思われる女性は嬉しそうに「また来てくださいね」と笑みを浮かべた。
「……午前中の監禁されていた女性もそうだったが、生存者、特に女性の反応が俺と井上とじゃ全然違うな。お前、相当モテるだろ」
「そんなことないですよ」
この災害が起きてから、僕は多くの女性と関係を持ち、僕に好意を寄せる彼女たちと共に暮らしている。だがそれは、彼女たちの置かれた環境と選択肢が狭まったからに過ぎないのではないか、と冷めた自分もいた。
「おいおい、嘘つけよ。昨日の件もそうだし、あの美人の施設長と親しいってことも知ってるんだぞ?」
一緒に修羅場をくぐり抜けたことや、原口の気さくな性格も手伝って、午後になる頃にはすっかり打ち解けていた。
「……確かに、彼女たちとは親しい間柄です」
「ふむ、やっぱりあの美人の施設長とも身体の関係なのか?」
「……それは、彼女たちの名誉のために言えませんよ」
「やっぱヤッてんのか! 関係ないなら否定できるもんな。羨ましい限りだぜ」
いくら警察官であっても人間だ。仲間内ではこういった下世話な会話も交わされるのだろうが、体育会系特有のノリには少し気後れしてしまう。
それに、本来なら極限状態において「彼女たちは僕の所有物だ」とハッキリ主張する必要があると考えていた。だが、今は規模こそ小さいものの、復興しつつある社会の中にいる。周りの人々は未だに平時のモラルを捨てきれていないように見えたため、良子の立場も考慮して答えを曖昧に濁したのだが……どうやら逆効果だったようだ。
「で、どうやって口説いたんだ?」
「どうやって、と言われましても……」
その質問に、僕は内心でハッとした。
彼女たちのために良かれと思って行動してきたつもりだったが……奈緒には媚薬を盛って発情させ、肉欲の虜にした。そして良子に至っては、完全に暴力と脅迫によるレイプだったのだから。
「……強いて言えば、極限状態ですから。生殺与奪の権を握った相手に対して、生存本能から好意を抱きやすいのかもしれません」
「なるほどな。確かに金の価値が無くなれば、女が生きていくためには強い男に媚びるしかないのかもな。先ほどのような監禁ケースでも、被害者が救助を求めないことは珍しくないしな」
「それに、セックスは愛情表現でもありますし」
「おいおい。監禁して無理やり女を犯すような連中に、愛なんてものが有るとでもいうのか?」
原口が怪訝な顔を向けたが、僕は構わずに言葉を続けた。
「全てではないですが……そもそも、見た目などが好みでなければ、男だって行為に及ぶことはできませんよね?」
「……確かに、それはそうかもしれんが。だが、女性の気持ちはどうなる。そんなの愛の押し付けだろ」
「女はどんな相手であっても、快楽を感じてしまう生き物です。そして……その快楽を愛だと自分自身に思い込ませて騙すんですよ」
以前、彩香に吹き込まれた言葉が脳裏に浮かび、自然と口をついて出ていた。
「……井上。お前、思考がかなり危険だぞ」
原口の笑顔が消え、底冷えするような目で見つめられた。
「……だけど、勉強にはなったよ」
原口はどこか引き気味にそう呟いた。
何か決定的な勘違いをさせてしまったような気がしたが、これ以上触れれば墓穴を掘るだけだと悟り、僕はそれ以上言葉を重ねるのをやめた。




