展望
マンションに戻ると、みんなに今後のことを話した。
白心病院には多くの人が避難しており臨時の学校が開校しているため、雪乃と咲愛、千鶴ちゃんに通わせたいと伝えた。
また、遥香ちゃんに関しては本人の希望で、ここを出ていき学校へ通いながら病院の避難所に身を置くことになったと話した。
やはり遥香ちゃんは自分の母と兄を殺した僕や冬子と生活するのは辛いようだった。
雪乃は勉強が得意ではないらしく最初は嫌がっていたが、「遥香ちゃんのフォローをしてほしい」と頼むと、納得して通うことを承諾してくれた。
続けて、僕自身が「憩いの里」で警察の活動を手伝うことになった旨も伝えた。
当初はこのマンションに引き籠もり、外部との接触を断って生き延びるつもりだった。
しかし、やはり人間には他者との関わりが必要なのだと痛感した。思惑とは異なる形にはなったものの、少しずつ災害前の日常に近づくことができ、一歩前進できたような気がしていた。
話が終わりみんなが帰ると、僕は再び冬子の部屋を訪れ、二人で話をしていた。
「……結局、警察の手伝いをすることになってしまったよ」
「私は反対でしたが……現状を鑑みるにメリットも多く、マサキさんとして良きご判断だったと思います」
冬子は僕を責めるでもなく、すでにその思考は次の展開を見据えているようだった。
「お聞きしたところによると、主な任務は生存者の救助と支援だとか。……それはすなわち、私たちのコミュニティに引き入れる新しい仲間を探すにあたって非常に好都合な立場と言えます」
「まあ……そういう見方もできるけれど。でも、白崎さんの尽力で警察も機能し始めて、街は着実に復興に向かっているよね。……僕たちが当初計画していたような、独立したコミュニティってまだ必要なのかな?」
「必要です」
冬子はメガネの奥の瞳を真剣に光らせ、間髪入れずに断言した。
「私は彩香さんがコールドスリープに入られる前に、今後の様々な可能性とシミュレーションについて話し合っていました。あの方は……白心病院や警察が機能を持ち直すパターンも当然想定されていました。そして……それが、どこで手詰まりになるか、までも」
「なんだって……?」
予想だにしなかった言葉に、僕は息を呑んだ。
「彩香さんは、復興の規模を『国』『県』『街』の単位で分析されていました。持続可能な復興に至る確率は、国単位なら70%、県単位なら40%……そして街単体での復興は、わずか20%程度だとおっしゃっていたのです」
「持続可能……つまり、今の警察や病院の動きも、どこかで破綻して止まってしまうということか」
「はい。そして、その破綻を回避できるかどうかの最大の指標は、自衛隊による組織的な介入の有無だと考えられていましたが……残念ながら、現在までその兆候は見られません」
「……ということは、このマンションに引き籠もって戦わなきゃいけない時が来る可能性が高い、ということか」
「はい。ですから、今のうちにコミュニティの強化として、新たな人材を確保しておきたいのです」
「どんな人がいいと思う?」
僕が尋ねると、冬子は少し顎に手を当てて思考を巡らせた。
「そうですね……まずは、何と言っても高い戦闘力を持つ人物です」
たしかに、暴力が蔓延したこの世界では、力がなければ大事なものを守り抜くことはできない。奈緒は抜群の身体能力を持っているが、人に容赦できるほど非情にはなれないし、僕だって彼女にそんな役割を望んではいない。逆に冬子は、いざとなれば躊躇なく人を排除できる冷徹さを持っているが、肉体的な戦闘能力は低い。
「あとは、話術や弁舌に長けた人物でしょうか。ご存知の通り、私は極度のコミュ障で他人との会話を得意としません。雪乃や奈緒さんはコミュニケーション能力こそ高いですが、性格が良すぎて厳しい交渉には不向きに思えます」
冬子の指摘はもっともだった。
今後、敵対関係ではなくとも、近隣の生存者や他のコミュニティと接触する機会は必ず出てくる。そうなった時、こちらの言い分を通し、利益を守るための高い交渉力が必要になるはずだ。本来ならそうした交渉は彩香が得意とするところだが、彼女がいつ目覚めるかはまだ分からない。
「なるほど……たしかに、今の僕たちに一番足りない部分だね。パトロール中もその辺りを意識して行動してみるよ」
「よろしくお願いします。それと……私自身の今後の動きについてですが」
冬子は一度言葉を切り、まっすぐに僕を見つめた。
「明日から雪乃たちが学校へ通い始めるので、私は本格的にAI先生とともにゾンビについての研究を進めようと思います。……必ず、彩香さんを目覚めさせます」
「わかった。研究がある程度の道筋に載ったら、白崎院長や良子の意見も聞いてみようか」
「ええ、それも必要不可欠なプロセスです。……その時は、私もこのマンションを出て外へ赴く覚悟です」
ストーカーという脅威はこの世から消え去ったものの、長年引き籠もっていた冬子にとって、外に出て見知らぬ人と会うことは未だに強いストレスのはずだ。それでもなお、彩香のために一歩踏み出そうとする彼女の言葉には、強い意志が宿っていた。
その夜、冬子は僕の部屋へやってきて、僕たちは静かに抱き合って眠った。
腕の中でかすかな吐息を漏らす彼女を感じながら、とても安らかな気持ちで眠りに落ちていく。僕の中で、冬子という存在が少しずつ、けれど確実に大きくなっているのを実感していた。




