面談
この街の名士である白崎院長が身元を保証してくれたこともあり、僕に対する性犯罪及び殺人未遂の疑いは完全に晴れ、無事に釈放された。
「……院長、本当にありがとうございました」
「ハッハッハ! たまたま良子と施設に来てみれば、こんな面白いものが見られるとはついていたよ」
院長は心の底から愉快そうに笑っていた。警察に誤認逮捕されたうえ、変態的な行為の最中を見られたなんて僕にとっては一生の汚点だが、世界中を飛び回り修羅場をくぐり抜けてきた経験豊富な院長から見れば、取るに足らない余興のようなものなのだろう。
院長が笑顔で去った後、僕と奈緒はかつて施設の面会ルームとして使われていた部屋へ通され、警察の臨時署長である佐伯と面談を行うことになった。
警察といえば極端な男性社会という強いイメージがあったため、女性が署長を務めているのは実に意外だった。しかも目鼻立ちの整った凛とした美女で、警察官特有の厳格さの中にも、そこはかとない妖艶な色気が漂っている。
「改めて自己紹介させていただきます、井上マサキです。そしてこちらの女性は、パートナーの河合奈緒です」
「河合奈緒です、よろしくお願いします」
「お噂は白崎先生から伺っていますわ。この殺伐と化してしまった世界で数々の危険を乗り越え、生き残られてきた稀有な存在だと……警察としても大いに期待していたのですけれど……」
「……ぶざまな初対面になってしまい、お恥ずかしい限りです」
僕が頭を下げて素直に謝罪すると、佐伯はくすりと艶やかに微笑んだ。
「あなたの行いは、平時であれば間違いなく公然わいせつ罪に問われるレベルですわね。ですが……私としてもこのような極限状況ですし、お互いに同意の上のことだったようですから、あまり気にしておりません。変なわだかまりなく行きましょう」
「……そう言っていただけると、気が楽になります」
僕が胸を撫で下ろしていると、隣から庇うように良子が口を挟んできた。
「マサキさんは、わたくしの命の恩人でもありますし……非常に深い間柄でもあります。それに、うちの父が無理を言ってご協力をお願いした立場であることもお忘れなきようお願いいたします」
「そうでしたわね。井上さんは良子お嬢様のご婚約者か何かかしら? その割りには、こんなにお綺麗な若いお嬢様とあのような過激な行為を……」
「申し訳ありませんが、そろそろプライベートな話は伏せていただき、警察での実務に関する具体的なお話を聞かせていただけないでしょうか」
過去の恥部をこれ以上掘り返されそうな危険を感じたのと、どうやら震災前から知り合いらしい良子と佐伯の間で、女特有のマウントの取り合いのような不穏な空気が立ち込め始めたため、僕は慌てて本題へ誘導した。
佐伯は小さくフッと微笑むと、真剣な表情に切り替えて説明を始めた。
この臨時警察署の主な任務は、街をパトロールして生き残っている生存者を発見・保護し、救援物資を届けることにあるらしい。パトロールは基本的に二人一組で行動する手筈になっているそうだ。
このあたりは崩壊前の警察のノウハウをそのまま踏襲しているようだが、大きく変わった決定的なルールについて佐伯から説明された。
「この街の上層部での協議の結果……食料などの窃盗といった軽犯罪に関しては、実質的にお咎めなし(見過ごす)ということになりました。お金の価値が瓦解し、通常の商取引が完全に停止した現状では、生き延びるための食料を得る手段が他にありませんからね。ですが……所有者に対して暴力を振るい、力づくで奪い取るような行為は見過ごせません」
(……言わんとすることは理解できるが、現場での判断が極めて曖昧で難しい基準だな)
「そして、現在最も頻発している犯罪は……女性に対する暴力や性加害です。これに関しては極めて厳しく取り締まる方針をとっています。状況によっては、現場の判断で即座に『発砲』することも許可されているのです」
そう言いながら、佐伯は冷ややかな視線を横目で僕に向けた。
(……もしあの時、僕が警察に対して下手な抵抗や暴挙に出ていたら、問答無用で射殺されていたかもしれない)
そう思い至り、背筋に一筋の冷たい汗が伝わった。
「あの……私もマサキさんと一緒に協力して、パトロールに参加したいです!」
そんな物騒な説明が続く中、奈緒が意を決したように佐伯へ直談判した。
「河合さんは……剣道や柔道といった武道、あるいは護身術などのご経験は?」
「経験はありません……でも、大学では水泳部に所属していて、国体にも出場しました! 体力には自信があります!」
「まあ、それは素晴らしい実績ね。けれど……せめて武術や格闘の心得がないと、民間人であるあなたを危険なパトロールに同行させるわけにはいかないわ」
「私はマサキさんのパートナーとして、これまでも数々の危険な修羅場を二人で乗り越えてきました!」
「警察の仕事というのはね、進んで犯罪や危険の蔓延る場所へ踏み込んでいくことなの。だから……今まであなたたちが遭遇してきた危険とは、質もリスクも違うわ。それに先ほども言ったけれど、女性が襲われるケースが非常に多いのよ?」
「そこを……そこを何とかお願いします! 私はマサキさんの足引っ張りになりたくないんです!」
食い下がる奈緒の瞳を、佐伯はじっと見つめた。
「そうね……私はやる気と向上心のある人の意見は尊重したいの。だから……こうしたらどうかしら? まず井上さんにはパトロールの現場に慣れていただく。そして河合さんには、まず警察の『逮捕術』をしっかり学んでいただいて、身を守る術を習得してから合流する……というのはどう?」
「はい! ぜひ学びたいです!」
「それなら、私が直接指導を担当してあげるわ」
「ありがとうございます!」
ほんの少し会話を交わしただけだが、奈緒の熱意を受け止め、親身になって提案を出してくれる姿を見る限り、この佐伯という女性は根は誠実で信頼できる人物なのかもしれないと僕は感じた。
「それじゃあ、明日から来ていただけるかしら?」
「はい、構いません。……ですが、ひとつだけ条件がありまして。僕は病院への移住はお断りしており、他の仲間たちと別の拠点で暮らしています。そちらの維持や活動もありますので、毎日のように詰め詰めで参加するのは難しいかと思います」
「ええ、それくらいは一向に構わないわ。井上さんはあくまでボランティアとしてご協力いただく立場なのですから」
僕の最大の懸念は、限られた時間の配分だったが、それもあっさりと了承してもらえた。
何よりも、現時点でこの街において最も強固な組織力と武力を備えている警察組織と深いパイプを持てるメリットは、僕たちにとって極めて大きいと思った。




