第2のトラップ
目的を果たした僕と冬子は、工具箱を元のロッカーへ戻すため、再び壊れたコンビニの店内へと入った。
「そう言えば、私とマサキさんで殺した、あの権堂という男の遺体が消えていた……とおっしゃっていましたよね?」
「ああ。僕も半ば失念していたけれど、数日後に確認した時にはどこにも無かったんだ。首を切断されて、頭部は胴体から完全に離れていたはずなのに」
「ええ、私も一部始終を見ていましたから知っています。あの時のマサキさん、まるでサイコキラーに覚醒したみたいで凄くカッコ良かったですよ。血まみれの生首を、まるでボウリングのボールみたいに華麗に投げ放っていましたものね」
「……よく覚えているんだね」
「忘れるはずありません。私の『好きなマサキさんランキング』の第3位にランクインしている名シーンですから」
冬子の倫理観のズレた感性にはいまだについていけない部分もあるが、僕への無条件の好意と全幅の信頼は素直に嬉しかった。
「ちなみに第2位は、あの602の変態オタクから私を救うために、窓ガラスをガシャーン!と割って飛び込んできてくれた時で──」
「……ちょっと、バックヤードの事務所を見てくるよ。ランキングの続きはまた後でね」
「はーい。私も、もう一度見たいのでついて行きます」
苦笑いしながら、コンビニ奥にあるバックヤードのドアノブに手をかける。
扉を少し開けた瞬間、鼻を突く嫌な匂いが漂ってきた。腐敗臭とは異なる、どこか甘ったるく生臭い特有の異臭。
一歩足を踏み入れ、事務所の中を見渡した瞬間──僕は全身の毛穴が開くような戦慄に襲われた。
暗がりの中、ソファに腰掛けていた者たちが一斉にこちらへ視線を向けてきたのだ。
(……ここは、地獄か何かか……!?)
「冬子、下がれっ!!」
「えっ……どうしたんですか?」
咄嗟に叫び、彼女を庇うように後退する。だが次の瞬間、暗闇から咆哮が轟いた。
「ガアアアアッ!!」
腐臭を撒き散らしながら、恐ろしい速度で飛び出してきたのは──権堂と佐藤くんのなれの果てだった。
「きゃあああ!? マサキさん、痛いです! え、くびが……ええええっ!?」
「冬子、ドアを閉めろ!!」
パニックになりかけた僕は冬子を押し潰しそうになりながらも、彼女の手ごと扉を閉めた。冬子が奇跡的にドアノブを掴み続けていたおかげで、寸でのところで扉をバンッ!と閉めることができた。
直後、内側から激しい衝撃が走る。
ドンドン!と猛烈な勢いでドアが叩かれ、取っ手がガチャガチャと狂ったように回転する。体全体で扉を押しつけ、必死に抑え込んだ。
「ど、どうしたら、良いのでしょうか……!?」
「冬子! 僕の部屋のデスクの引き出しに、このマンションの鍵の束がある! 全部取ってきてくれ!」
「分かりましたっ!」
指示を飛ばすと、彼女は脱兎のごとくコンビニから出ていく。
背後のドアからは激しい圧力がかかり続け、蝶番が悲鳴をあげていたが、なんとか破られる前ギリギリのところで冬子が鍵束を手に戻ってきた。
僕はかつてこのコンビニから回収しておいたバックヤードの鍵を束の中から手探りで探し出し、鍵穴にねじ込んで回した。
カチリ、と重い金属音が響き、ドアが施錠される。
中からの叩く音は止まないが、これでとりあえず外へ飛び出してくる危険は去った。
荒い息を吐きながら、扉に背を預ける。
「……あのゾンビたち、権堂と雪を連れ去ろうとした佐藤くんでしたよね?」冬子が息を整えながら尋ねてくる。
「ああ。それだけじゃない……奥のソファには、店長と咲愛の母親の広瀬さんもいた。4人揃って、あの中に閉じこもっていたんだ」
「そうだったのですね……。私じゃなくて雪がここにいたら、コンビニ関係者が全員勢揃いしてしまうところでしたね。……ふふ、不謹慎でごめんなさい」
「……冬子、あんまり驚いていないのかい?」
パニックを起こすどころか、どこか冗談めかして状況を分析している彼女の様子に、僕は拍子ぬけして尋ねた。
「想定内といいますか……あの一件以来、この店舗の外で彼らの目撃情報が無かったので、バックヤードのような閉鎖空間に潜んでいる可能性は頭の片隅にありました。……それよりも私が驚いたのは、さっき襲いかかってきた権堂の姿を直視して観察していたのですが」
冬子は言葉を切り、自分のこめかみあたりを人差し指でトントンと叩いた。目を閉じ、思考を整理するように一度深く頷いてから、静かに目を開く。
「……間違ありません。権堂の首が、不自然に伸びていました」
突然飛んだ冬子の言葉に、話の意図が全く分からず思わず聞き返した。
「首が伸びている……? 一体どういう意味だい?」
「はい。これは非常に重大な事実なのです。なぜ伸びているのかという理由やメカニズム自体は、まだ解明できていません。ですが……一度死んで切断された肉体の首が伸びている、すなわち『新たな細胞が爆発的に作られている』のは紛れもない事実です。そしてその異常な細胞生成力は……彩香さんの復活に利用できるはずなんです」
ハッとした。
現在の医学では、コールドスリープ(超低温凍結)から解凍する際の細胞破壊ダメージを克服して人間を生還させることは不可能とされている。
しかし──もしもゾンビ化プロセスがもたらすこの超常的な『再生力・細胞生成力』をうまく制御・活用できれば、解凍時のダメージを乗り越えて彼女を無事に目覚めさせられる可能性が極めて高くなる。現時点でもカプセルを開けて解凍すれば彩香は動き出すだろうが、それではただのゾンビだ。
けれど、冬子の言葉は、彩香を人間として救い出すための明確で論理的な希望の光となった。
「マサキさん、この鍵はどうされますか?」
「……店長たちのゾンビは、この部屋に鍵をかけて閉じ込めておこうと思っているけれど」
「えっとですね、その件なのですが……あえて、鍵を挿したままにしておくのはいかがでしょうか?」
「鍵を……挿したまま?」
一瞬首を傾げたが、すぐに意図を理解した。
(──侵入者へのトラップか)
万が一、1階のコンビニに悪意を持った侵入者が入ってきた場合、バックヤードのドアに鍵が挿さっていれば、奥に物資があるかもしれない、と疑いなく鍵を回して解錠するだろう。そうなれば、ドアを開けた瞬間に中に潜む権堂たちのゾンビに襲われることになる。
「いいアイデアだね」
僕は言われた通り、バックヤードのドアノブに鍵を挿したままにしておいた。
悪意ある外敵から、上にいる大切な仲間たちを守るための不気味な罠として。
※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です
過激な内容の閑話もあります。ラブシーンに少しづつ挿絵もいれてます。




