綱渡りの計画
『井上くん、早く出てきなさい! 出てこなければ彩香くんが無事では済まないぞ!』
両の野太い声が、スピーカーのノイズを伴って再び村中に響き渡る。
奈緒を救出するために銃声をとどろかせたことで、僕がここに来ている事実と、銃を所持していることが完全に敵に知られてしまった。
奈緒の命を確実につなぎ止めるためには銃の使用は不可避だったと自分を納得させようとする反面、もしも彩香を先に救出するルートを選んでいれば……という後悔が頭をもたげる。
(いや、ダメだダメだ。過ぎた事を考えている時間なんて一秒も無い。現に奈緒を無事に連れ戻せた、その結果だけが重要なのだ)
過去を振り切るように首を振り、思考を、どうやって彩香を救出するかという一点に集中させた。
以前のコンビニの時のように車ごと正面から突っ込むか、あるいは、家にガソリンを撒いて火を放ち、炙り出すか……。
次々と過激な方法を頭に浮かべては、即座に打ち消した。どう転んでも、家の中に囚われている彩香自身の身に致命的な危険が及んでしまう。
極限まで警戒網が敷かれている中で、力任せに奪還するのは不可能なまでに難易度が高い。やはりここは一度息を潜め、深夜か早朝の寝静まった時間帯に侵入するしか無いのだろうか……。
「……あの男は、祝言を挙げようとするほど彩香さんのことを気に入っていました。ですから、そう簡単には……」
助手席の良子が、重苦しい沈黙を破って静かに言った。
「良子の言いたいことは分かるよ。人質としての価値も含めて、今すぐ彩香が取り返しのつかない危害を加えられる可能性は低いかもしれない。だけど……少しでも最悪の可能性が残っているなら、僕はあいつを放っては置けないんだ」
「まさかマサキさん、あの男の要求に従うつもりなのですか?」
後部座席から、奈緒が痛む身体を押さえながら驚きの声を上げる。奈緒も良子も、僕が丸腰で敵の前に躍り出るのには猛反対のようだった。
しかし、彩香の命を盾に取られて脅迫されている以上、このまま隠れ続けているわけにはいかない。それに、僕には一つだけ狙いがあった。
「出ていこうかと思う。……正直に言って、他に手がないんだ。あの男を殺すだけならどんな手段でも使えるけれど、どうやっても彩香を巻き込んでしまう。だから、一度形だけでも投降して、あいつらの懐に入り込んでから隙を見て助け出せないかと考えている」
「危険すぎます! マサキさんはすでに何人もあいつらの仲間を殺して激しく恨まれているんです。無事で済むとは到底思えません!」
良子の言う通り、危険の大きさは計り知れない。だが、両という男の性質からして、僕を捕まえて即座に射殺するようなことはしない気がする。おそらく見せしめとして、時間をかけてなぶり殺しにしようとするはずだ。
ならば、その残虐な余興の最中に、必ず一瞬の隙が見つかる。
万に一つの薄い可能性、それに掛けるしかない、それだけ追い詰められていた。
「心配してくれるのは本当に嬉しいよ。だけど、行くことに決めた」
「そんな……。それなら、私も一緒に行きます」
良子が毅然とした表情で僕を見つめた。
「はあ? せっかく地獄から逃げ延びられたのに、良子までわざわざ戻る必要なんてないだろう」
「おそらく私は、あいつらから見れば戦う力のない無害な女だと思われています。だからこそ、私が奴らの隙を突いて、銃で撃ち殺します」
良子の言葉に、僕は小さく目を見開いた。確かに、僕が指定された銃を差し出して降伏すれば、あいつらは勝利を確信して同行する女の身体検査まで頭が回らない可能性は高い。だけど、もし万が一調べられたら、その場で彼女も殺される。
「あたしも行くよ。相手はもう年寄りばかりだから、不意を突けば1人くらいならこの身体でも倒せると思う」
奈緒までもが、青白い顔に闘志を宿して志願する。
「わたしも行く! 一緒に行くよ!」
咲愛までが声を上げたが、僕はそれだけは毅然と遮った。
「咲愛はダメだ。君がどれだけ賢くて役に立つかは知っているけれど、これは純粋な戦闘だ。子供の君が向かう場所じゃない。大人しくこの車に隠れていてほしい」
「はーい……」
咲愛は不満そうに頬を膨らませたが、僕の気迫に押されてそれ以上は引き下がった。
「良子、奈緒。もしかしたら、3人とも生きては戻れないかもしれないんだぞ?」
「覚悟は出来ています。これ以上、誰かが犠牲になるのを見てるだけなんて嫌です」
「あたしは、さっきの部屋で本当に殺されると思っていましたから……。死ぬ前に、もう一度大好きなマサキさんに会えて、こうして守ってもらえただけで十分に救われたんです。だから恐れるものはありません」
良子と奈緒の、引き下がらない強い意志に押し切られる形で、3人で敵の拠点へと乗り込む決意を固めた。
あの男は、よほどの不測の事態がない限り、美しい贄である彩香を傷つけはしないはずだ。ならば、その心理を利用して、限界まであらがう。
車を発進させ、両が彩香を連れ込んでいるという一番大きな日本家屋の正面へと、堂々と乗り入れた。
僕の手には、敵に見せるための拳銃が一丁。そして、万が一のために、正面からは確実に見えないようズボンの後ろ側に隠し持った拳銃がもう一丁。これら二丁の拳銃には、あえて弾を一発だけ込めてある。あいつらに奪われた際のリスクを最小限にするためだ。対して、良子のバッグに忍ばせた小型の拳銃には、いつでも連射できるようフル装填してある。
僕が派手に騒ぎを起こして注目を一身に集め、良子への警戒を完全に解くのがこの作戦の肝だ。銃の扱いに全く慣れていない良子では、距離が離れていれば弾は両には当たらない。確実に仕留めるには、彼女が両の至近距離まで近づく必要がある。
作戦はこうだ。
まず僕が、彩香に実害が及ばないギリギリのラインまで激しい口論や騒ぎを起こして敵を挑発し、その後に投降する。色めき立った他の男たちが、拘束しようと近寄ってくるはずだ。
その瞬間、動けないはずの奈緒が渾身の力でその男を叩きのめし、両の注意を完全に引き付ける。両の視線が奈緒へと向いたそのわずかな空白の時間に、背後に控える良子が限界まで両に急接近し、その心臓を撃ち抜く。
一歩間違えれば全員が即死する、あまりにも薄い氷の上を歩くような綱渡りの作戦。
だけど、今の僕たちには、これ以外に彩香を救い出す手立ては考えられなかった。
ブレーキを踏み、車を止める。
「さあ、行こう。彩香を取り戻すんだ」
僕は静かに車のドアを開け、足を踏み出した。




