武器の確保
咲愛の案内で、先ほど男たちの死体が転がったままの寝室へと足を踏み入れた。
「咲愛、なるべく死体は見ちゃダメだぞ」
僕は彼女の目を遮るように、そっと小さな肩に手を置いた。
「? どうして? 悪人は殺されて当然だよ」
咲愛は不思議そうに首を傾げた。子供なのに、いや、まだ子供だからこそ、かえって死というものの生々しい現実味が薄いのだろうか。その真っ直ぐな言葉は頼もしくもあったが、同時にどこか危うさもはらんでいるように感じられた。
「確か、ここにね、ボタンが有るんだよ」
咲愛はベッドの後ろへ小さな手を滑り込ませ、迷いなく隠されたボタンを押し込んだ。
――駆動音と共に、壁の一部が滑らかに下へと動き、隠されていた頑丈な棚が現れた。
その棚には、重厚な大型のライフルや、大小様々な拳銃がまるでコレクションのように飾られていた。そしてそのすぐ下には、透明なビニール袋に詰められた不気味な白い粉の塊が、いくつも無造作に置かれている。
「拳銃に……これは、覚醒剤みたいね」
背後から覗き込んだ良子が、医師としての知識からか、すぐにその白い粉の正体を見抜いて顔をこわばらせた。
「まるで映画のような光景だけど……。ここが本当にヤクザの組長の別荘だったのなら、これだけのものが隠されていても辻褄が合うな……」
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。もし、この隠し部屋や武器・ドラッグの存在を知っている本物の組員たちがまだ生き残っていたら、いつここを奪い返しに訪れてもおかしくない。
呑気に過ごしていたが、ここは安全地帯などではなく、一歩間違えればとんでもなく危険な場所だったのだ。
ここに長居は危険だ。それに、この家に転がっている連中の死体をそのままにしておけば、やがてゾンビになって動き出してしまう。今の僕たちには、死体を適切に始末している時間など一刻もない。それはすなわち、僕たちが二度とこの別荘に戻ることはない、ということを意味していた。
「ここにはもう戻らない。良子、今のうちに露天風呂で身体を綺麗に洗ってきなよ。その間に、僕は彩香たちの荷物も含めて、全部車に積み込んでおくから」
「はい……お心遣い、ありがとうございます」
良子は深く傷ついた身体を労わるような言葉に、痛々しくも感謝の笑みを浮かべた。
「咲愛も、忘れ物が無いようにな」
「うん、分かった。おかしとか食べ物を運んでおくね」
僕は急いでリビングや各部屋を回り、彩香や奈緒、そして僕たちの荷物を手際よく車のトランクへと積み込んでいった。
しばらくして、湯を浴びて衣服を整えた良子が風呂から上がってきた。僕は彼女を呼び止め、あらかじめ見つけておいたアフターピルを静かに手渡した。
「これは……72時間後まで効果の有る避妊薬ですね。……本当に、ありがとうございます。それと……マサキさん、私にも拳銃を一丁、貸していただけませんか?」
「いいけれど……君は銃を撃てるのか?」
「正直に言うと、当てる自信は全くありません。だけど、持っているだけで相手への牽制にもなるかと思いまして……」
確かに彼女の言う通りだ。僕は棚からやや小ぶりの拳銃を選んで良子に渡し、自分用には扱いに慣れた大きめの拳銃をしっかりと腰に据え、カバンにも入れた。ライフルやショットガンは、今の僕の腕では咄嗟の戦闘で撃ちこなす自信がなかったため、今回は持っていかないことに決めた。
「まずはセーフティレバーの確認、それから足を肩幅に開いて、両手でしっかり持って撃つと、反動の衝撃が少ないって漫画で見たことがあってね。さっきその通りにやってみたら、本当に全然違ったんだよ」
僕の実体験を元に良子に説明する。
「イザと言う時はその通りにやってみるわ。ありがとう」
良子は少しだけ表情を和らげ、拳銃をしっかりとバッグに収めた。
すべての準備を終え、僕は車のエンジンをかけた。別荘のゲートを抜け、夕闇の迫る不気味な山道を下っていく。目指す場所は決まっている。恐らく奴らは、以前に僕が奈緒と一緒に訪れた道の駅から見えた、あの麓の集落を拠点にしているはずだ。
「恐らくあの男たちは、この土地の人間じゃない。ただの旅行者の集団がゾンビ騒動に巻き込まれ、武器を手にしてあの村を力ずくで乗っ取ったんだと思うんだ」
ハンドルを握りながら、僕は胸の中にあった確信を口にした。
「そうなのね……。それを聞いて、色々と疑問が繋がったわ。もし地元のまともな人たちなら、あそこに家族や知り合いだっているはずだもの。あれ程の非道な行いは、普通の人間にはできないわよね……。そう言えばあいつら、村に帰ってすぐに祝言をあげると言っていたわ。彩香さんとの結婚式のことだと思うけど」
「ふざけた事を……! だけど、逆を言えば、その式が終わるまでは彩香に無理矢理手が出されることはないはずだ。自分の女にするつもりなら、他の奴らに手を出させることもしないだろう」
「そうね。でも、連れ去られてからもう半日以上は経っているから……マサキさん、最悪の覚悟だけはしておいてね」
良子は前を見つめたまま、静かに、しかし現実的な警告を告げた。
「ああ。それよりも……今は奈緒が心配だ」
良子の話が本当なら、元三という男は不能であり、その性の衝動を純粋な暴力として女にぶつける狂人だ。奈緒は一般の女性よりも遥かにタフで、精神的にも強い鍛え方をされている。だけど、いくら彼女でも相手は容赦のない凶悪犯だ。抵抗した挙句に顔や身体に傷でもつけられたら、本当に取り返しがつかない。
奈緒が壊される前に、何としてもあの異常者を仕留めなければならない。僕はアクセルを強く踏み込み、車をさらに加速させた。




