目覚め
頭が割れるように痛い。首筋には焼け付くような熱さとヒリヒリとした痛みが走り、指と足の先の感触が無い。
動こうと藻掻くが、身動きがとれない、どうやら僕は拘束されているようだ。
後ろ手に縛られている手首と足首は完全に血流が止まっているのか、痺れて感覚がなくなっていた。
薄く目を開けるが、視界にはただ重苦しい暗闇が広がっているだけで、何も見えない。
(ここは……どこだ? 僕は一体、何を……)
混濁する意識の底から、記憶の断片が急激に蘇る。朝の襲撃、捕まった良子、そして僕の目の前で、あの男の汚らしいペニスを咥え込まされた彩香の姿――。
(助けなければ……早く、みんなを……っ!)
焦燥感に突き動かされて闇の中に目を凝らすと、微かに緑色の小さなランプが明滅しているのが見えた。同時に、規則正しく響く重低音のエンジン音、そして鼻を突く独特なガソリンの臭い。
間違いない。ここは別荘の敷地内にある発電室だ。
場所の見当はついた。だが、身体が全く動かせない。後ろ手に強固に縛られた縄は、手首の感覚が麻痺していることもあって解く糸口さえ掴めなかった。
足首も同様に固く結ばれている。しかし、こちらの縄なら、這いつくばって歯で噛みちぎれるかもしれない。
(やるしかない……!)
僕は麻痺した身体を必死に波打たせ、膝を胸元まで深く曲げて前屈の姿勢をとった。暗闇の中、感覚を頼りに足首を縛る縄へと必死に顔を近づけ、歯を突き立てようと試みる。
――グッ、ダメだ。あと数センチのところで、どうしても届かない。
何度も挑戦するうちに体力を消耗し、激しい息の乱れと共に絶望が首をもたげる。
今は一体、何時なのだろう。あの襲撃から、どれほどの時間が経過してしまったのか。
彩香や奈緒、そして良子はどうなった。あの残虐で下劣な男たちに、今頃はもう全員――。また、僕は守れなかった。大切な女たちを、この手で守りきれずに地獄へ突き落としてしまった。
その時、ふと咲愛の顔が浮かんだ。あの賢い少女はどうなっただろうか。いくらあいつらでも、あんな小さな子供にまで手を出すとは思いたくない。だが、この狂った世界だ。捕まっていれば、どんな目に遭わされているか分かったものではない。
「クソッ……! 畜生……っ!」
声にならない呪詛を吐きながら、暗闇の中で一人、己の無力さに歯噛みしていた、その時だった。
――ギィ……と、静かに発電室の重い扉が開いた。
一筋の光が差し込み、誰かが部屋へと足を踏み入れてくる気配がする。奴らが見張りに来たのか。
僕は瞬時に目を閉じ、深く眠り込んでいるフリをした。相手が油断して近づいた瞬間、縛られたままの身体で渾身の体当たりを喰らわせてやる。その一撃に全てを賭ける。
足音が近づき、僕のすぐ傍らで止まった。相手の気配が顔のすぐ近くまで迫った、その瞬間――。
カサリ、と衣服の擦れる音がして、僕の唇に、驚くほど柔らかく温かい感触がそっと押し当てられた。
「……誰だ?」
思わず目を開けて声を上げると、目の前には、ほっと胸をなでおろすような小さな人影があった。
「あっ、起きてたの? キスしたのバレちゃった」
少し悪戯っぽく、しかし心細そうに微笑んだのは、咲愛だった。
「咲愛……! 無事だったのか、良かった……!」
「待ってね、いま縄を切るから」
咲愛は素早く僕の背後に回り込むと、小さな手で器用にナイフを扱い、手首と足首を縛っていた縄を一気に切り裂いてくれた。
縛りから解放された瞬間、せき止められていた血液が急激に流れ出し、手足に激しい針を刺すような痛みが走る。しばらくの間、痺れが引くのを待ちながら尋ねた。
「咲愛、お前……今までどこに隠れていたんだ?」
「車の中だよ。井上さんの荷物から、こっそり車の鍵を取って、トランクの中に隠れてたの」
なるほど、と僕は彼女の機転に感嘆した。別荘は広い、わざわざ玄関に近い車のトランクに隠れるとは考えないだろう。それに鍵がなければ男たちは車を動かそうともしない。見つかる可能性は極めて低い場所だ。本当に、恐ろしいほど賢い子供だと思った。
「……それで、みんなは? 家の中はどうなってる?」
手首を擦りながら尋ねると、咲愛の表情が一気に暗く沈んだ。
「彩香さんと奈緒ちゃんは、別の場所に連れていかれちゃった……。良子先生はまだ家に残っているけど、すごくエッチなことをされているの」
「残っている男の数は?」
「家の中に、2人居たよ。……あと、はい、これ」
咲愛はそう言うと、まるでポケットからハンカチでも取り出すかのような自然な仕草で、一丁の拳銃を僕に差し出してきた。
(ああ……これが、あったか……)
あの混乱の中で、この武器の存在を完全に失念していた。最初からこれに気がついていれば、もっと有利に戦いを進められたかもしれない。以前、車内で発砲した時は、その凄まじい反動で腕を痛めてしまった。今度はしっかりと両手で構え、確実に奴らの息の根を止めなければならない。
拳銃の重みを掌に感じながら、僕はゆっくりと立ち上がった。手足の痺れはほぼ消えている。
「咲愛、お前はここで待ってろ。絶対に外に出るなよ」
「うん。気をつけてね、井上さん」
僕は拳銃を強く握りしめ、発電室を飛び出して母屋へと向かった。裏口から静かに建物内へと侵入する。
廊下を進むにつれ、静まり返った別荘の奥から、不快極まりない音が鼓膜を震わせ始めた。
――パン、パン、パン、と、肉と肉が激しく衝突する淫らな音。それに混じる、男たちの下卑た話し声と笑い声。
そして――それらに重なるようにして聞こえてくる、狂ったような女の嬌声と、激しい喘ぎ声。
「あんあんっ、凄いです……っ! きもち、いいです、あっ、あっ……あぁっ!」
間違いない。それは、良子の声だった。
――わたし……やっぱり、こういうことは、向いていないのかもしれないわ……
昨夜、僕との情事のあと、シーツを涙で濡らしながらそう悲しげに呟いたはずの良子が、まるで別人のように、理性を完全に無くした乱れた声を上げていた。
『ほれ、自分だけ楽しんでないで、気持ちよくしてくれたチンポにお礼をしなさい。舌を絡めて舐めるんだ!』
パシン! と激しく肉を叩く音が響く。
『女医さん、もっと腰を使えよ! そうそう、その調子だ!』
『はあんっ、当たる……ソコ、いいです、ぁっ!』
『喘いでないで舌を絡ませろ! 噛むなよ? やらないとまた首を絞めるからな。……そう、ソコだ、裏スジをペロペロと。ああ、気持ちいい……! 女医さん、随分と上手くなってきたなぁ!』
『この女、2度ほど気絶させたら頭のネジが飛んだのか、すっかり淫乱になりやがったな。首を絞める度に、中もキュンキュンと締め付けてきやがるぜ。さすがスケコマシの芝さんだ、あんたと残って正解だったぜ』
『年季が違うわ、わしぐらいになると、一目見ただけで、女の性癖が分かるからのう、女医さんに別の顔があることはお見通しじゃ。ほら、こうやって喉の奥をチンポで塞いでやると……』
『うはっ……すげえ締め付け……ビクビク震えてやがる。女医さん、またイったな』
リビングを通過する際、床に一人の男が血を流して倒れているのが目に入った。すでに事切れている。衣服の様子から、襲撃してきたあいつらの仲間だ。分け前か女を巡る仲間割れで、殺し合いつくしたのだろう。
残るは、寝室にいる2人。
僕は足音を完全に消し、声のする寝室のドアの隙間から、慎重に中を覗き込んだ。
そこに広がっていた光景に、僕は思わず自分の目を疑った。
良子が、後ろ手に固く縛られた状態のまま、2人の男たちに玩具のように犯されていた。
いや――「犯されている」という表現が正しいのかすら分からなかった。あの清楚でプライドの高かった医師の良子が、醜く太った大柄な男の腰の上に自ら跨り、狂ったように腰を振りながら激しく喘いでいたのだ。
彼女の両手は背後で無残に拘束され、豊かな胸は縄で挟み込むようにキツく縛り上げられており、その乳首はビンビンに硬く張り詰めていた。
両頬と尻は何度も強く叩かれたのだろう、痛々しいほど真っ赤に腫れ上がっている。
そして何より異様だったのは、彼女の首に一本の縄がかけられていたことだ。その縄の両端を、良子の口に自身の肉棒を咥え込ませているもう一人の男が、ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながら手綱のように握り締めていた。
男が縄を引いて首を絞めるたびに、良子は苦しげに白目を剥きながらも、それに呼応するように狂ったような快感の声を上げ、自身の肉体を男たちへと捧げていた。暴力と窒息によって完全に心を破壊され、支配されているのだ。
僕の中に、言いようのない激しい怒りと、それ以上の冷徹な殺意が急速に沸き上がってきた。
僕は拳銃を両手でしっかりとホールドし、銃口を寝室の男たちの頭部へと向けた。




