早朝の奇襲
「マサキさん、起きてください。来客のようです」
身体を小刻みに揺すられて目が覚めた。隣を見ると、裸の身体を隠すようにシーツを固く纏った良子が、怪訝そうな顔で部屋の入口の方を気にしていた。
枕元の時計に目をやると、時刻は朝の6時を少し過ぎたところだった。
「こんな朝早くに来客だって? 一体誰が……」
「……昨日の方かしら。ほら、お野菜を届けるとおっしゃっていたでしょう?」
年寄りの朝は早いというが、いくら何でも非常識だと思った。
「出なくていいよ。それより……昨日の君は、本当に綺麗だったよ」
僕はまだ微かに残る情欲の余韻に身を任せ、良子に甘い言葉をかけた。
「……もう、恥ずかしいですから言わないでください」
良子が顔を赤らめながらも愛おしそうに微笑んでくれたので、僕はそのまま彼女をベッドに押し倒し、シーツ越しにその柔らかな身体をまさぐり始めた。
『――オーイ! 急患なんだよ! 頼む、開けてくれー!!』
静かな朝の空気を切り裂くように、外から大声が響き渡った。
「いま……急患って言ったわ。ごめんなさい、マサキさん。私、放っておけないわ!」
良子の目が一瞬でプロの医師のそれに切り替わる。
「……仕方ないな。僕が様子を見てくるから、君は服を着替えてくれ」
僕はため息をつきながらベッドから這い出た。
部屋を出てリビングに向かうと、すでに彩香と奈緒、そして咲愛が起き出しており、険しい表情で窓の外を窺っていた。
「マサキさん、起きたのね。……どうやら昨日の男の仲間のようよ。ざっと見ただけで10人以上は来ているわ」
彩香が低い声で告げる。
「10人も? 只事じゃないな……外からは急患がどうとか聞こえたけど」
「本当かしら? 妙にタイミングが良すぎるわ」
彩香が不信感を露わにする。
「あの、あたし、さっき2階の窓からこっそり見たんですけど……」
奈緒が僕の腕を掴みながら言った。
「確かに一人、シャツを血で真っ赤に染めた人が担がれるようにして見えました。だけど……なんだか妙に元気そうに見えたというか、本当に重症なのか違和感があって……」
「入れちゃダメだよ! 昨日のおじちゃんは絶対に信用しちゃダメ!」
小さな咲愛が、僕の服の裾をぎゅっと握りしめて必死に訴えかけてくる。
「良子は診察するって言うだろうな。それに、このまま玄関前で大騒ぎされるのも困る。……よし、僕が外に行って直接話してくるよ。いきなり危害を加えてくることはないだろうし、状況を見て判断する」
「井上さん、ダメだよ! 絶対にダメ!」
珍しく、咲愛が感情を露わにして激しく怯えていた。いつも大人びている彼女だが、やはり大人の男は怖いのかもしれない。
「大丈夫だよ、咲愛。場合によってはすぐに追い返すからね」
「もう、知らないよ! 私は隠れてるからね!」
咲愛はぷいっと顔を膨らませると、リビングの奥へと走って行ってしまった。それと入れ違いに、服を着替えた良子が足早に入ってくる。
「みなさんも、起きられたのですね」
「良子さん……あなた、本当に診察する気?」
彩香が冷ややかな声をかける。
「はい。私は医師ですから。こんな世界になっても、自分の務めだけは果たしたいと思っています」
「そう……。でもね、場合によってはすぐに帰っていただく事にするわよ」
彩香の言葉に、僕もすかさず続けた。
「彩香の言う通りだ、良子。外には10人以上の男たちが集まっているんだ。どう考えてもおかしいだろ?」
「10人も……? 確かに、それは普通ではないわね。でも、大怪我をして……それでも、やっぱり、おかしいわね……」
人数を聞かされた良子も、ようやく事態の異様さに気づいたようだ。その表情に明確な不信感が浮かび、冷静に僕の言葉に耳を傾ける姿勢を見せた。
「君たちは各部屋に入って、内側から鍵をかけて閉じこもっていてくれ。僕が外で話をつけて、本当に必要だと判断したら呼ぶからさ」
「そうね……。マサキさん、絶対に無理はしないで。気をつけてね」
彩香、奈緒、良子の3人がそれぞれの部屋へと引き返すのを確認し、僕は一応の戦闘準備をした。頑丈な革の上下を着込み、ナイフと鉄パイプを仕込んだリュックを素早く背負う。
玄関のドアの前に立ち、鍵は締めたまま、インターホン越しに声を張り上げた。
「どうしたんですか、こんな朝早くに!」
『おお、昨日の兄ちゃんか! 仲間が大怪我をしちまってよぉ、頼むからあの女医さんに診てくんねえか!?』
ドアの向こうから、昨日聞いた両の声が響く。
「申し訳ないですが、ここは救急病院じゃないんです。今すぐ帰ってください!」
『そげなつめてえこと言うなや! たのむ、この通りじゃ! おめえらも頼めや!』
『お願いします!』『助けてくれ!』『お願いします!』
直後、玄関の外から地を這うような男たちの怒号に近い大合唱が始まった。必死さは伝わってくるが、これだけの大人数を家の中に入れるわけには絶対に、いかない。
「……分かりました。患者さんだけを僕に見せてください。治療ができる状態なら、その患者さん一人だけを中に入れます。他の人たちは全員、敷地から帰ってください!」
『おお、もちろんだ! 治療さえして貰えれば、俺らはすぐにけえっていぐからよ! だからここを開けてくれ、頼む!』
声の調子から察するに、来ているのは初老の男たちのようで、いわゆる凶暴な若者グループのような雰囲気は感じられない。
しかし僕は最大限の用心を払い、右手に鉄パイプをしっかりと握りしめ、左手でゆっくりと玄関のドアのロックを解除し、隙間を開けた。
――その瞬間だった。
「出てきたぞ! 引っ張り出せぇ!!」
「えっ――」
開いたわずかな隙間に、外から無数の無骨な手が強引に突っ込まれた。凄まじい力でドアが全開にされ、僕は一瞬で外のアスファルトの上へと引きずり出された。すぐさま足元に激しい衝撃と痛みが走る。
「男はコイツだけじゃ! やっちまえや!」
四方八方から衣服や腕を引っ張られ、身動きが取れない。視界が激しく揺れた直後、頭部に強烈な衝撃が走った。ガツン、と硬い金属の感触――スコップで殴られたのだ。
(マズい……っ!!)
意識が飛びかけるのを必死に堪え、咄嗟に前方へと身体を投げ出した。前転をしながら強引に男たちの手を振り払う。アスファルトに叩きつけられた頭部が激しくズキズキと痛んだが、構っていられない。
「ちっ、ちょこまかと動きおって!」
「ヤッさん、ここは頼むわ! 俺は中に入っておんな共を捕まえてくる!」
「任せえや!」
男たちのうち3人ほどが、開いた玄関からドカドカと土足で別荘の中へと侵入していく。そして僕の前には、ヤッさんと呼ばれた大男が不敵な笑みを浮かべて立ちはだかった。その手には、先ほど僕の頭を叩いた泥まみれのスコップが握られている。
見たところ、洗練された格闘家には到底見えない。体格は良いが、肌は真っ黒に日焼けしており、どこかの土木作業員のようだ。
その時、僕の中で点と点が繋がり、違和感の正体が完全に分かった。この男たちは、この地域の農夫などではない。どちらかと言えば、地方の建設作業員か何かの集団だ。それに、話している訛りもこの辺りの土地の言葉とは明らかに違っている。
おそらく、集団で温泉旅行にでも来ていた連中が世界崩壊に巻き込まれ、そのまま徒党を組んで近くの農村を襲い、乗っ取ったのだろう。だとすれば、あの村の本来の男たちはすでに全員――。
(それなら……もう、一切の遠慮はいらないな)
僕はリュックのサイドポケットから、鈍く光るサバイバルナイフを抜き放った。
「おいおい、光物なんか出しやがって。そんな細い玩具で、お高くとまった兄ちゃんに人が刺せるんかい?」
身体を低くし、完全にこちらを舐めきって余裕の笑みを浮かべるヤッさん。
僕は返事の代わりに、全速力で彼の懐へと突進した。男がスコップを振り下ろすよりも早く、その分厚い腹目掛け、ナイフを根元まで深く突き立てる。
「うえっ……!? い、いでえ……! そんな、バカな……あああッ!?」
まさか本当に自分が刺されるとは思っていなかったのだろう、男の顔が驚愕と恐怖に歪み、間抜けな悲鳴を上げる。その声が五月蝿かったので、ナイフをさらに深く押し込み、そのまま真横へと一気に切り裂いた。
肉が裂ける嫌な感触と共に、男の腹からドバドバと大量の暗赤色の血が吹き出す。大男は自分の内臓を押さえるようにして、その場に崩れ落ちた。
「ひぃっ!? こ、こいつ、ヤッさんを殺しやがった……! ホゴッ!?」
近くにいた別の男が悲鳴を上げた瞬間、僕は右手の鉄パイプを全力で振り抜いた。相手は初老の男だ、世界が変わってから修羅場をくぐってきた僕に比べれば、反射神経があまりにも鈍すぎる。
パイプは男の顔面を正確に捉え、鈍い音を立てて鼻骨を粉砕した。男が顔を押さえてうずくまったところへ瞬時に走り寄り、その首筋へ目掛けて容赦なくナイフを突き刺す。ドクドクと溢れ出る血飛沫を浴びないよう、その身体を思い切り蹴り倒した。
「あっ、ひぃ……ッ! コイツ、やべえぞ! 本物の修羅場をくぐってやがる……!」
一瞬で二人を屠った僕の動きに、残った男たちが完全に動揺し、肩で荒い息をしながらたじろぐのが分かった。
すかさず鉄パイプを大きく振り回し、威嚇をしながら距離を詰める。大袈裟に避けようとした一人が後ろに足をもつれさせて転倒した。その胸元に飛び込み、容赦なく喉元へナイフを突き立ててトドメを刺す。
この場に残っている外の男は、あと3人。これなら、全員ここで片付けられる――!
「全員皆殺しにするぞ!? 殺されたくなかったら、そのスコップを今すぐ捨てて手を挙げろ!!」
返り血を浴びた姿で激しく恫喝すると、男たちはお互いの顔を見合わせ、完全に戦意を喪失して迷っているようだった。
「おい! 早くしろ! 殺すぞ!」
「ひぃッ、分かった、分かったよ! 降参だ――」
『――キャーーーッ!! 離しなさい、放してっ!!』
その時、別荘の中から、良子の鋭い悲鳴が響き渡った。
(しまっ……た……!)
急患という言葉をダシにされ、彼女の医者としての優しさが仇となり、部屋から出て捕まってしまったのか
「おーい! 両さん、来てくれや! こっちがやべえんだ!」
さっきまで投降しかけていた男が、家の中の状況を察して大声で叫び声を上げた。
「おいおい、外で何がどうなってんだ……。おい、大人しくその女医さんを連れてこいや!」
玄関から、冷酷な笑みを浮かべた両が姿を現した。その手には錆びついた包丁が握られており、その刃先は、涙を流して激しく抵抗する良子の白い首筋に深く押し当てられていた。少しでも動けば、皮一枚を切り裂いて頸動脈に達する位置だ。
「……くそっ……!」
僕はこれ以上の抵抗を断念せざるを得なかった。悔しさに歯噛みしながら、右手のパイプと左手のナイフを地面に投げ捨てる。
隙を見せた瞬間、後ろから残った男たちに激しく組み伏せられ、頭部に強い衝撃を受けた。スコップの柄で思い切り殴られたのだ。抵抗しても無駄なため、そのまま地面に倒れ込む。すぐさま背後で頑丈なロープでこれでもかとキツく縛り上げら自由を奪われた。
「両さん、この男は危険だ。ここで先に殺してしまった方がいい!」
仲間を殺された男が、僕の頭にスコップを突きつけながら激昂する。
「――待ちなさい! マサキさんを殺したら、私も今すぐここで舌を噛み切って死ぬわよ! あなた達は、私と楽しみたいのでしょう!?」
家の中から、凛とした、しかし張り詰めた声が響いた。彩香だった。彼女の後ろからは、奈緒も武器を奪われた状態で連行されてくる。
「……あたしも、マサキさんが死んだら一緒に死にます!」
「彩香! 奈緒も、早まるな! 僕がどうなっても、お前たちは生き延びるんだ……っ!」
地面に顔をこすりつけながら必死に叫んだ。しかし、僕を助けるために毅然と言い放った彩香の瞳を見た瞬間、僕の背筋に冷たいものが走った。彼女の目は、ブラフなんかじゃない。本気で、僕が死ねばその場で自ら命を絶つ決意を固めている、恐ろしいほどに純粋な、死の覚悟だった。
「わがったよ、わがった。この男はすぐには殺さねえ。だがのう……あんたらが後で約束を破って暴れるかもしんねえからな。……おい、そこの綺麗なお姉ちゃん。いま、ここでワシのしゃぶってみせてくれよ」
両は下卑た笑みを浮かべ、彩香の前にゆっくりと歩み出た。
「いいわよ。出しなさいな」
彩香は怯むどころか、冷徹な目で男を射すくめながら言い放った。
「クックク、本当に気の強いおなごよのう。昨日見た時から、その綺麗な口でしゃぶってほしくて堪らんかったんじゃ!」
両は僕の目の前でズボンと下着を引きずり下ろし、白髪まじりの陰毛に覆われた醜く猛り立った下劣な肉棒を、彩香の美しい顔の前へと突きつけた。
「やめろおぉぉッ!! 彩香、そんなことをするな!!」
僕は狂ったように身体を震わせ、縄を引きちぎろうと暴れた。しかし、男たちに背中を強く踏みつけられ、びくともしない。
彩香は地面に転がる僕の姿をじっと見つめ、哀しく、しかしどこか美しく、慈しむように小さく微笑んだ。
そして次の瞬間、その世界で一番綺麗な唇を開き、男の汚らしい肉棒を躊躇なくその口内へと咥え込んでいった。
「やめろ! やめろ!! やめろおおおおおおおっ!!!」
僕の絶叫がリビングに木霊する。
「うるせえなこのガキ、黙らせろや!」
視界の端で、男がスコップを振り上げるのが見えた。
直後、僕の頭部を強烈な衝撃が襲った。
頭蓋骨の奥が激しく鳴り響き、視界が急激に暗転していく。強烈な吐き気と激痛の向こう側で、意識が急速に遠のいていくのが分かった。
(やめろ……僕の、僕の女に……手を、出すな……っ……)
どす黒い絶望と怒りの中で、僕の意識は完全に深い闇へと沈んでいった。




