不感症
夕食を済ませ、心地よい湯に浸かって一日の緊張を洗い流したあと、僕は自分の部屋に良子を呼び出した。
昼間の両の件で、彼女の心にまだ割り切れない引っかかりが残っているのが分かったし、何より、まだ彼女の心を本当の意味で掴み切れていないような焦燥感があったからだ。
コンコン、と控えめなノックの音のあと、部屋に入ってきた良子は、意外にも浴衣姿だった。
「ここには以前にも女の人が来ていたのかしら、クローゼットに何着も綺麗な浴衣が置いてあったの」
僕の視線の意味を瞬時に読み取ったように、良子が少しはにかみながら告げる。
「そうか。とても似合っているよ、良子。本当にきれいだ」
それは決して、彼女の機嫌をとるためのお世辞ではなかった。湯上りでほんのりと桜色に火照った肌に、清楚な浴衣を纏った良子は息を呑むほど美しかった。日本人特有の、しとやかで凛とした魅力がそこに凝縮されているようだった。
僕はくどいと思いながらも、良子にこの世界の厳しさを諭した。
「さっきもリビングで話したけれど……僕は君の、医師としての志の尊さを心から尊敬しているんだ。だけどね、良子。この世界は一瞬の油断も許されない。優しさが、そのまま自分たちの命を奪う刃になるんだ」
「そうよね……」
良子は俯き、浴衣の袖をそっと握りしめた。やはり、彼女には平時の道徳観がまだ色濃く残っており、本当の意味での危機感が心に染みついていない気がした。
どうすればこの過酷な現実を彼女に理解してもらえるか、僕は少し考えた。
「良子。世界が変わってから、僕がこの目で見て、体験してきたことを誇張なしで話そうと思う。聞いてくれるかい?」
「ええ、もちろんよ。私も、あなたがどんな体験をして、それを乗り越えてきたのか、ちゃんと知っておきたかったから」
彼女がこのコミュニティの真の一員となるため、そして明日迫り来るかもしれない危険を正しく伝えるためには、僕の実体験を共有することが最善だと思われた。
それから僕は、何度も窮地に陥って死にかけたこと、平時は善良で平凡だった人間が飢えと恐怖で簡単に化け物へと豹変していったことなど、血と硝煙の匂いがする生々しい実体験を静かに語り聞かせた。
「そんなことが……そんな恐ろしいことが、本当にあったのね……」
良子は元々共感性が人一倍強いのだろう。僕が語る暴力的なエピソードを、まるで自分のことのように感じているらしく、凄惨な場面では自らも痛そうに身体を強張らせ、身を震わせていた。
「あなたは……本当に強いのね」
話を終えると、良子は潤んだ瞳で僕を見つめ、そっと僕の髪に触れて愛おしそうな視線を向けてきた。
「理解してくれたかい?」
「ええ。自分の甘さがどれほど危険なものかも、よく理解したわ。……そして、あなたが最初に私を無理矢理に奪ったことの、本当の意味も分かった気がする。私は自分が考えているより危うい状況に立っていたのね」
「それなら良かった……。良子、キスしていいかい?」
「はい……」
僕たちは引き寄せ合うように、熱い口づけを交わした。
「ふふ、ちゃんと歯磨きはしたからね」
「うふふ、ありがとう。気を使ってくれたのね」
良子が小さく声を立てて笑う。その笑顔がたまらなく愛おしかった。
「もう一度、キスするね」
「もう、いちいち言わなくてもいいのよ。好きなように、してくれていいから……」
そう言って瞳を閉じる良子に何度も深く唇を重ねた。
そのまま、浴衣の上から彼女のしなやかな身体をまさぐっていく。薄い布越しに伝わる彼女の体温と、柔らかい曲線の感触が心地よく、僕の股間は一気に熱く昂り、興奮が最高潮に達していくのを自覚した。
「あっ……恥ずかしい……」
浴衣の帯を緩め、前を大きくはだけさせて、美しい乳房を露出させると、良子は咄嗟に両手でそれを隠した。
「こんなに綺麗なのに、隠す必要なんてないじゃないか」
「だって、恥ずかしいの……せめて電気を消して」
上目遣いで懇願する良子。そのはにかむ姿が、男の征服欲を激しく刺激する。
「美しい君の身体、そのすべてを明るい中で見たかったのに……。そんなに拒むなら、この帯で縛ってしまうぞ?」
「えっ……しばる……」
冗談半分で、今外したばかりの浴衣の帯を持ち上げて見せると、良子は目を大きく拡げ驚いた様子で僕をじっと見つめた。
「ごめん、冗談だよ。そんな乱暴なこと、するわけないさ」
僕は苦笑して帯を置き、彼女の願い通りに壁のスイッチを押して部屋の電気を消した。月光だけが薄暗く差し込む部屋で、もう一度彼女の唇を塞ぐ。
そこからは、優しく、ゆっくりと時間をかけて愛撫をしていった。手で触れ、何度もキスを交わし、彼女の敏感な場所を優しく舐め上げていく。
キュッと尖った乳首を口に含んで優しく転がすと、良子はたまらず「んあッ……」と官能的な悲鳴を上げた。そのまま、すっかり熱くなっている彼女のショーツを脱がせ、そこも同じように舐めようと息を吹きかけたが――。
「あっ、ダメ! そこは……そこは絶対にダメです……っ!」
良子は顔を真っ赤にして、強く拒絶した。医師としての徹底した衛生観念から、その行為は彼女にとってNGのようだった。
しかし、指先で触れてみると、彼女の秘処はすでに十分に愛液で濡れそぼり、熱く震えていた。僕は肉棒をあてがい、ゆっくりと、慎重に中へと挿入していった。
「痛い……っ!」
良子が顔を歪め、僕の肩をきつく掴む。
「ごめん。まだ、痛かったのかい?」
「少し……っ、あ、痛……っ」
「……一度、止めておくかい?」
あまりにも痛そうに涙を浮かべるので、僕は無理に最後まで繋がるのを躊躇い、動きを止めようとした。
すると、良子は苦しげな呼吸の中で、僕の目をじっと見つめて問いかけてきた。
「マサキさんは……今、気持ちいいんでしょ?」
「ああ。僕は、精神的にも、身体も、君と一つになれてすごく気持ちいいよ」
「なら……続けてください。私は、大丈夫ですから……」
「分かった。なるべく優しく動くね」
彼女の健気な言葉に胸を打たれながらゆっくりと腰を動かし始めた。彼女はまだ男性経験が浅い。何度もこうして肌を重ねていれば、いずれは痛みよりも快感が勝り、気持ちよくなってくれるはずだと、自分に言い聞かせるようにして動き続けた。
しかし、薄暗い部屋の中で、締め付けるような彼女の狭い熱肉に包まれているうちに、射精感が急激に強まってしまった。抑え込もうとしたが限界だった。僕は声を漏らしながら、彼女の奥深くへと熱い精液をそのまま勢いよく解き放った。
「……とても、良かったよ。ありがとう、良子」
「そう……それなら、良かったわ……」
僕は彼女の身体から離れ、息を整えながら隣に仰向けに寝転んだ。だが、隣から微かに伝わってくる気配に何か違和感を感じ、横を向いて彼女の顔を覗き込んだ。
月明かりに照らされた良子の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ、シーツを黒く濡らしていた。
声を殺して、静かに泣いていたのだ。余程、痛かったのだろう。
「わたし……やっぱり、こういうことは、向いていないのかもしれないわ……」
良子は消え入りそうな、ひどく悲しげな声でぽつりと告げた。
その涙と弱音を見た瞬間、僕の胸の中には、強い愛おしさと、それ以上の申し訳なさ、不憫さが一気に湧き上がってきた。
「……無理は、しなくてもいいからね」
今の僕には、傷ついた彼女の身体を優しく引き寄せ、その細い肩をそっと抱きしめてあげることしか、精一杯の慰めができなかった。良子は僕の胸に顔を埋め、静かに涙を流し続けていた。
あれだけ濡れて身体の準備が出来ても苦痛しか感じないとは、本当に彼女はセックスに向いていないのだろう。
全ての女性が、セックスで快感を得られる訳では無いのかもしれない。




