強盗そのもの
大通りをさらに奥へと進めていくと、やがて地方都市の駅ビルが見えてきた。その周辺には、驚いたことに、この規模の街には少し不釣り合いなほど立派なブランドショップの店が軒を連ねていた。
超高級ハイブランドとまではいかなくとも、僕のような男でも名前を知っている程度には有名な中堅ブランドだ。平時は有名な観光地として、それなりに富裕層の客も呼び込んでいた名残なのかもしれない。
「あのショップはどうだろうか? 衣服も化粧品も一通り揃っていそうだけど」
路肩に並ぶお洒落な外観の店舗を指差すと、助手席の彩香が目を輝かせた。
「いいと思うわ。以前に私も何度か使ったことがあるけれど、あそこのラインナップは悪くなかったの。良子さんはどう思う?」
「ええ、私もあそこのスキンケア製品は使ったことがありますわ。有効成分の配合もしっかりしていて、信頼できるメーカーです」
後部座席の良子も、お墨付きを与えるように深く頷いた。
「へえ、二人とも普段はどんな化粧品を使っていたの?」
僕が何気なく尋ねると、良子は少しだけ言い淀んだあと、育ちの良さを隠せない様子で答えた。
「私は……〇〇とかが多かったですね」
「アハハ! 流石は大病院のご令嬢ね。基礎化粧品のフルセットだけで、一般のサラリーマンの月収が軽く吹き飛んじゃうじゃない」
彩香が楽しそうに笑い声を上げる。
「そういう彩香さんは、何を使っていらしたの?」
「私は色々試したけれど、最終的には〇〇が気に入って落ち着いていたわ」
「えっ! 〇〇ですか? 私も一度使ってみたかったのですけれど、国内ではなかなか手に入らなくて諦めたんですわ……」
良子が羨ましそうに声を弾ませる。
「勤め先が外資系の金融だったから、特権で海外支社の人に定期的にお願いして送ってもらっていたのよ」
そんな、今の地獄のような世界にはおよそ似つかわしくない女性らしい華やかな会話が車内に響く。僕はそれを微笑ましく聞きながらも、頭の中では「どうやってこの二人を安全にあのショップへ導くか」という戦術を必死に組み立てていた。
ショップの正面には、十数体のゾンビがユラユラとあてもなく彷徨っている。まともに車を横付けすれば、降りる瞬間に囲まれて命はない。あの群れを一度、完全に別の場所へ排除する必要があった。
僕は一度ショップの前を素通りし、先の信号を左へと曲がった。そのまま街区をなぞるように次の信号を曲がり、さらに曲がる。綺麗な正方形を描いて一周すると、再び元のショップの通りへと戻ってきた。周辺の地理と、ゾンビを引っ掛けられる障害物がないかを確認したのだ。
「よし、それならこうするか」
再びショップの前を通り過ぎたところで、僕は大通りの真ん中にフォードを停車させた。そして、思い切りハンドルの中央を押し込み、クラクションを鳴り響かせた。
――プーーーーーーーーーーッ!!!
静寂に包まれていた温泉街に、鼓膜を突き刺すような大音量が轟く。その瞬間、ショップの前にいたゾンビだけでなく、周辺の路地裏に潜んでいた奴らまでが一斉にピクリと反応し、狂ったようにこちらに向かって歩き始めた。
先頭のゾンビがフォードの鼻先まで接近してくるのを見計らい、僕はギアをドライブに入れ、前から迫るゾンビを巧みにかわしながら、一定の距離を保つようにゆっくりと車を走らせる。そして、引き離しそうになるとまたクラクションを派手に鳴らした。
「マサキさん、凄い数よ……! もう100体はいるかしら。思ったよりも集まってきたわね」
彩香が後ろを振り返りながら、緊迫した声を上げる。
「ああ、完全に予想以上だ。この大型のフォードなら奴らに囲まれても引っかかって止まることはないけど……バックミラー越しに見ると、なかなかの圧迫感だな」
クラクションの音に釣られ、ついには前方の路地からも新たなゾンビが次々と湧き出してきた。完全に前進を阻まれる一歩手前、僕は「掴まっていろ!」と叫ぶと、アクセルを床までベタ踏みした。
大型SUVの凄まじい馬力が爆音を上げ、行く手を塞ごうとしていた数体のゾンビをドゴォッ、バキィッと鈍い音を立てて容赦なく跳ね飛ばしていく。車体が一瞬大きく揺れたが、分厚いバンパーは何事もなかったかのように肉の壁を突き破った。
「普通のセダンだったら、今のでタイヤがロックして逃げ切れなかったかもしれないな……」
冷や汗を拭いながら、僕は先ほど確認したルートをもう一周した。ゾンビの群れを遠くの交差点まで引き付けたところで、一気に加速して元のショップの前へと戻ってくる。
作戦は見事に成功していた。あれほど群がっていたゾンビの姿は、ショップの周囲から完全に消え去っている。
「よし、まずは僕が中に入って安全を確かめる。手で合図をしたら車を降りてきてくれ」
二人の返事を聞くよりも早く、運転席のドアを開けて外へと飛び出し、ショップの入り口へと走った。
この世界が崩壊したとき、誰もが食料や医療品の確保に必死だったのだろう。お金の価値が完全に無くなった世界で、わざわざブランド物の服を求めて略奪に走る者はいなかったのか、店のガラスは割られておらず、中は驚くほど綺麗なままだった。しかし当然、入り口のガラス扉には強固な鍵がかかっている。
「鍵を開けている時間はないな……」
ふと見ると、ショップの入り口の脇に、看板代わりに置かれていた重厚な鉄製のオブジェが目に留まった。僕はそれを両手で力任せに持ち上げると、思い切りショーウィンドウの大きなガラスに向かって投げつけた。
――ガシャァァァァーーン!!!
夕暮れの街に、凄まじい金属音とガラスの砕け散る音が響き渡る。
僕は鋭利な破片が残る窓枠を慎重に飛び越え、急ぎ足で店内の暗がりへと侵入した。幸いにも店内にゾンビの気配はない。内側から正面入り口の鍵を回して解錠すると、扉を大きく開け放ち、車内で待つ彩香と良子に向かって大きく手を振った。
彼女たちが慌ててフォードから降りてこちらへ走ってくるのを横目で確認しながら、僕は一足先に店内を広く見回した。
入ってすぐのところに、頑丈な金属製のコート掛けが設置されているのが目に入る。僕はそれを力任せに引き抜いて両手で握りしめると、そのまま近くの高級なショーケースに向かって思い切り叩きつけた。
バリンッ! ドシャッ!
ガラスを粉々に砕き、棚に綺麗にディスプレイされていた最新のブランド物のボストンバッグをいくつか掴み取る。そして、その中に棚から掴んだ化粧品のボトルや、お洒落な衣服を、片っぱしから躊躇なく詰め込んでいった。
ガシャーン、バリン、と静かな店内で次々にガラスを叩き割る自分の破壊音を聞きながら、僕の頭には、平時にテレビのニュース番組などでたまに目にした「高級ブランド店に突入する覆面強盗」の防犯カメラの映像がありありと浮かんでいた。
(……やってることは、完全に強盗そのものだな)
苦笑まじりにそんな自己嫌悪が脳裏をよぎったが、すぐに首を振る。法も警察も消滅したこの世界だ。生き残るため、そして愛する女たちの笑顔のためなら、悪党にだって喜んでなってやるさ。僕はボストンバッグのジッパーを力強く引き締め、後から入ってきた彩香たちを振り返った。




