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道の駅

良子との甘いやり取りの余韻を頭の隅に残しながら部屋を出た。

僕と奈緒は咲愛の言っていた道の駅へと物資の調達に向かうことにした。


フォードを走らせること十数分、山間の急な坂道を登りきった場所に、目的の道の駅が見えてきた。かつては観光客で賑わっていたであろう広大な駐車場には、数台の乗用車がドアを開け放したまま放置されている。


この地を初めて訪れた僕は、慎重にフォードのエンジンを切ると、すぐには車外へ出ず、まずは注意深く周囲の様子を観察した。生き抜くためには、初めての土地では慎重さが何より重要になる。


「マサキさん、あそこ……この地域の案内図があります」

助手席の奈緒が窓の外を指差した。


駐車場の片隅、錆の浮き出た大きな看板に、この温泉地一帯の観光地図が掲示されていた。車から降りてその前に立ち、頭の中にこの土地の地理を叩き込んでいく。

ここ道の駅はかなり高台に位置しているようで、そこからの見晴らしは抜群だった。眼下を見下ろすと、一方の谷側には旅館や飲食店がひしめく温泉街が見え、逆側のさらに深い山あいの奥地には、ぽつぽつと民家が身を寄せ合う小規模な集落の屋根が見て取れた。


同時に、周囲に並ぶ地元の飲食店や、少し離れた中心街にあるらしいデパートの古びた看板なども自然と目に飛び込んできた。

(……なるほど。インターチェンジを逆に進むと繁華街があって、奥にはデパートや駅があるのか)

今は機能していないだろうが、今後の行動範囲の目安、そして物資が残っていそうな場所の当たりをつけておくという意味で、それらの看板の文字と位置関係を記憶の片隅に深く留めておく。


大まかな地理を把握したところで、僕と奈緒は武器を手に、慎重にガラス張りのメイン建物へと近づいた。自動ドアは手動でこじ開けられたように半開きになっており、その隙間から中へと滑り込む。


一歩足を踏み入れた瞬間、店内の無残な光景が目に飛び込んできた。

「……酷い荒らされ方ですね」

奈緒が声を潜めながら、眉をひそめる。


期待していた新鮮な野菜が並んでいたはずの木製什器はあちこちが叩き割られ、床には踏み潰されたレトルト食品や割れた調味料の瓶が散乱していた。棚の奥まで調べてみたが、残っているのはどれも黒ずんで異臭を放つ、すっかり腐りきった野菜の成れの果てばかりだった。これでは使い物にならない。


もっと奥の倉庫に何か残っていないか――そう思って歩みを進めようとした、その時だった。


――グルル、アァァ……。


建物の奥、暗がりとなった事務室や大型倉庫の扉が開き、そこから信じられないほどの数のゾンビが群れをなして這い出てきたのだ。十や二十ではない。狭い店内の通路を埋め尽くすほどの質量が、一斉に僕たちの存在を感知して不気味な唸り声を上げた。


「マサキさん……っ! 多すぎます!」

奈緒の顔から血の気が引く。


これだけの数を狭い店内で相手にするのは自殺行為だ。

「奈緒、引くぞ! 走れ!」


僕は奈緒の腕を掴むようにして翻ると、来た道を猛ダッシュで引き返した。背後からは、肉の壁が崩れ落ちるような足音と、おびただしい数の足音が迫ってくる。

半開きの自動ドアをすり抜け、全速力で車に走り、滑り込むようにしてフォードの車内へと飛び込んだ。すぐさまドアロックをかけ、キーを回してエンジンを始動させる。バックギアに叩き込み、アクセルを踏み込んで急発進。群がる死体の手を振り切るようにして、僕たちは命からがらその場を退散した。


道の駅を離れ、しばらく山道を下った安全な一本道に車を止めると、ようやく二人で大きな息を吐き出した。ハンドルを握る手には、じっとりと汗がにじんでいる。


「……怖かったですね。あの数に囲まれたら、さすがにひとたまりもありませんでした」

奈緒が胸を押さえながら、未だに荒い息を整えている。


「ああ、危なかった。……でも、奈緒。あの道の駅、何かおかしいと思わなかったか?」

僕はバックミラーで追手が来ないかを確認しながら、店内で感じた強い違和感を口にした。


「不自然な点ですか?」


「床に飛び散っていた、あの乾いた血痕の量とつき方だ。ゾンビ同士が貪り食ったにしては、生々しい暴力的軌跡を描いていた。それに、棚の壊れ方もそうだ。木製の什器が、まるで斧やバットのような鈍器で意図的に叩き割られたように激しく損壊していた」


奈緒は僕の言葉を咀嚼するように、じっと考え込んでいる。


「さらに極めつけは、あのゾンビたちの傷だ。僕たちを追いかけてきた奴らの服装や体を見て、気づかなかったかい? ゾンビに噛まれた痕だけじゃなく、明らかに刃物で斬りつけられた痕や何かで殴られ潰された跡が無数に残っていた」


そこまで言うと、奈緒はハッと目を見開いた。

「……それって、まさか……」


「そう。あの人たちは、ゾンビに襲われたんじゃないんだ。まだ生きている人間だった時に、何者かによって襲撃され、殺されたり重傷を負わされたりした後に、ゾンビ化したんだと思う」


僕の予想に、車内に重苦しい沈黙が流れた。

生きている人間を容赦なく蹂躙し、物資を強奪していった凶悪な集団。トリプルXの残虐な手口が脳裏をよぎり、僕は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


「この近くに……そんな凶悪な人たちが潜んでいるかもしれない、ということですね……」

奈緒の怯えるような呟きが、静まり返った車内に消えていった。

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