表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/91

脱出

裏門から逃げるのを「見られる」のと「見られない」のとでは、その後の明暗を大きく分ける。


「待て、こら! おい、裏門から逃げたぞ! 車を回せ、車を!!」


背後から響いた怒号に心臓が跳ね上がった。裏門からの逃亡すら、早々にバレてしまったのだ。この車椅子を押した状態で車に追われれば、捕まるのは時間の問題だった。

じわじわと絶望が脳内を侵食し、諦めの感情が強くなる。まるで無重力空間を走っているかのように足に感覚がない。それでも僕は足を動かし続けた。他に対策など残されていない。万策尽きるとは、まさにこのことだった。


ピカリ――。


その時、前方から網膜を焼き潰すような強烈なヘッドライトの光が激しく照射された。


「マサキさん! 早く乗ってください!!」


その声を聞き間違えるはずがなかった。僕の最愛にして、最高のパートナーの声だ。


「彩香……! ありがとう! 僕が運転する。それと良子は眠らせてある、運ぶのを手伝ってくれ!」


何とか生き延びた。否、地獄の逃走劇はまだこれからだ。

滑り込んできたフォードのドアが開き、彩香と奈緒が素早く降りてきた。後部座席の奥には、一足先に脱出させたはずの咲愛の姿も見えた。


「奴らの車もすぐに来る! 振り切るために手荒な運転をするから、みんなしっかり掴まっていろよ。それから彩香、本当にありがとう。今の君は本物の女神に見えたよ」


「まあ、女神だなんて嬉しいことを言ってくださるのね。冷や冷やしながら待った甲斐があったわ」


運転席に飛び乗り、ギアを叩き込む。フロントガラスの向こう、前方から早くも追手のヘッドライトが迫りつつあった。ここで進路を阻まれたらすべてが終わる。奈緒や彩香までもが確実に捕まってしまう。

僕はアクセルを激しく踏み込み、車を急発進させた。力任せにハンドルを切り、あえて裏口から再び施設の内へと強行突入する。狭い外周通路を猛烈な勢いで駆け抜け、正面の駐車場へと躍り出ると、さらにアクセル床まで踏み込んだ。さすがはアメ車の大排気量と言うべきか、重厚な車体は恐ろしい加速を見せ、スピードメーターは瞬く間に時速100キロを超えた。


「危ないっ!」

彩香が悲鳴を上げる。


ガコン!


凄まじい衝撃。だが、深い暗闇とこの速度では、跳ね飛ばしたのが人間なのかゾンビなのかの判別すらつかない。


「ここには、殺して惜しい人間なんて一人も残っていない! 目の前にあるものはすべてブチ壊して進む!」


何度も遺体か何かの塊を踏みつけ、その度に車体が不気味に宙に浮いたが、フォードの太いタイヤは路面を狂暴に掴み、安定を保ったまま突き進む。


『舐めやがって、殺せ! 必ずあの車を仕留めろ!!』

背後から、拡声器を通した大音量の怒号が響き渡る。

前方には施設の正門が見えてきた。しかし、そこはすでに2台の車両によって完全に封鎖されており、その前で数人の男たちがパイプや木刀を構えて待ち構えていた。

この速度のまま突っ込めばどうなるかなど、想像もつかないし、正直分かりもしない。ただ一つ分かっているのは、ここで車を止めれば全員確実に殺されるということだけだ。

僕は目いっぱいアクセルを踏み込んだスピードメーターはついに時速150キロを突破した。


「みんな、ごめん……! 死ぬかもしれない!」


「覚悟はできているわ」と彩香が不敵に微笑む。


「あたしもです!」と奈緒が続く。


「大丈夫だよ、きっと!」

最後に響いた咲愛のどこか呑気な言葉に、不覚にも腹の底から勇気が湧き上がった。


ドカドカドカッ!!!


逃げ遅れた奴らの身体がフロントガラスにぶつかり、木の葉のように夜空へ飛んでいく。次の瞬間、乗り上げた何かに引っかかって車体が大きく浮き上がり、封鎖していた車両のボンネットを踏みつける形でタイヤが激しく乗り上げた。

思わず目を閉じるがアクセルを踏み込み続けた、すると体を浮遊感が襲い、直後、ガクン!!! と強烈な衝撃が全身を襲う。

それからは激しい揺れが収まり、視界を開くと、僕たちは施設の敷地を飛び出し、一般道路の上を疾走していた。


「……どうなったの?」


「目をつぶっていたから分からなかったわ。だけどこの状況からすると、何かを踏み台にして車ごとジャンプして障壁を飛び越えたのかしら? とにかく助かったわね」


「やったあ!」


「やっぱりね。この車は戦車だって、工藤さんが自慢してたもん」

後部座席から咲愛が声を弾ませる。


「工藤さん……? 咲愛ちゃん、あなたこの車のオーナーを知っているの?」

彩香が不思議そうにバックミラーを覗き込んだ。


「うん。工藤さんはオヤブンさんなんだよ」


「親分さんって……ヤクザの組長のことよね。もしかして、この車、防団ガラスだったりするのかしら?」


バシーン!!!

その言葉を肯定するかのように、リアガラスに硬質な何かが激しく激突する音が響いた。

バックミラーを凝視すると、すぐ後ろまで迫った追手のヘッドライトに照らされ、先行車の窓から身を乗り出して細長い筒状の物をを抱えている男の姿が見えた。


パンッ! パンッ!

乾いた破裂音とともに、闇の中に小さな火花と煙が上がる。


「追手だ……! しかも奴ら、銃を発砲してきているぞ!」


「銃!? 国内でそんな、信じられないわね……」


「本当に実弾なんですね……恐ろしいです」


「てっぽう? んとね、確かこの辺にボタンが……あった、これこれ!」

咲愛が手元で何かを探し、一つのボタンを押し込んだ。すると、運転席の脇にある大型のコンソールボックスがカチリと音を立てて開いた。その中には、鈍い黒光りを放つ本物の拳銃が鎮座していた。


「工藤さんがいつも自慢してたんだ」


「拳銃か……。だが、撃ったこともないぞ」


「驚きね、まさかこんな物が隠されていたなんて。でも、引き金を引いて発砲するだけでも、十分に威嚇にはなるわね」


「そうか……。それなら一発、撃ってみるよ。だけど、運転しながらどうやって?」


「私も映画の知識しか持ち合わせていないけれど……」

彩香がボックスから拳銃を拾い上げ、興味深そうにその構造を指で確かめた。

「これでいいわ。スライドを引いて、あとは引き金を引けば弾が出るはずよ」


「もうすぐ大きな橋に着く。直線になるからそこで発砲する。この車には速度を設定すればアクセルを離しても一定速で進む機能があるから、彩香、一瞬だけハンドルを固定していてくれ」


「分かったわ。直線なら私が支えておくわ」


いつも奈緒と路上で情事に耽っていた、あの馴染みのある橋へと差し掛かった。僕はクルーズコントロールをセットすると、窓を全開にして身体を外へと乗り出し、迫り来る追手の車両に向けて拳銃を構えた。

フロントガラスを狙ってアバウトに引き金を引く。


ドンッ!!!


凄まじい爆音と同時に、放たれた弾丸は運良く追手の右ヘッドライトへと直撃した。バチンと火花を散らし、片方の光が完全に消滅する。

命中の喜びも束の間、発砲時の猛烈な反動が、すでに負傷していた僕の右腕に容赦なく激痛をもたらした。


「ううっ……! これは、事前に練習しておかないと無理だ……腕が激しく痛む……!」


「マサキさん、大丈夫!?」


「何とか片手での運転は可能だが……これ以上の発砲はもう無理だ」


橋を渡りきったものの、片目を潰された追手はなおも執念深く食い下がってきた。

だが、幸いにもこの先の地形なら、僕の頭の中に完全に叩き込まれている。ライスセンターの周辺には、調達の都合で何度も足を運んできたからだ。


「もう一度、大きな勝負を賭けようと思う。みんな、衝撃に耐えてくれ!」


「アハハ、最初から私たちの意見を聞く気なんてないのでしょう? もちろん、拒否なんてしないけれどね」


「マサキさん、ステキです……!」


「ワクワクする! ジェットコースターよりも楽しいね、もっともっと!」


捕まれば終わり。この速度で事故を起こしても終わり。発砲された弾が当たっても終わり――文字通り命を落とす可能性が極めて高い極限状態だというのに、彼女たちの声に悲壮感は微塵もなかった。この狂った世界で、全員の感覚がどこか麻痺してしまっているのかもしれない。


(……この辺りか)

僕は脳内のマップと目の前の景色を照らし合わせ、確信を得た。


「行くぞ! しっかり掴まっておけ!」


叫ぶと同時に、僕は時速100キロを超えたまま、ハンドルを右の田んぼへと向かって思い切り切った。

秋の刈り入れが終わって土が硬くなっているとはいえ、通常の車両が走れるような場所ではない。激しい泥飛沫と土煙を上げながら、フォードの4WDシステムが悲鳴を上げる。何度もスタックしかけそうになるが、駆動系に余計な負荷がかからないよう、なるべくハンドルを真っ直ぐに修正しながら力任せに前進させた。


ガタガタと激しく車体を滑らせ、凄まじい衝撃を乗り越えながら、僕たちは見事に広大な田んぼの横断に成功した。ここの地形は、田んぼを挟んだ向こう側の道で行き先が完全に分断されている。追手がこちら側に回るには、遥か手前まで大きくルートを引き返さなければならない。


舗装路へ這い上がり、車を一度停止させてバックミラーを確認する。田んぼの向こう側で、追手の車両がライトを点滅させたまま立ち往生しているのが見えた。今頃、地団駄を踏んで悔しがっているに違いない。


何とか、最悪の追撃を振り切ることができたのだ。

ハンドルを握る手の震えを抑えながら、以前に訪れた公園の方向に車を走らせた。一先ずの危機は脱したが……これほど派手に暴れて目を付けられた以上、しばらくの間はあのマンションへと戻ることは難しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ