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501の少女

マンションで朝食を済ませたあと、僕は502号室から持ち帰った簡易金庫の解錠に着手した。

金庫にはダイヤルがついており、当然ながら番号など知る由もない。一見すると開けるのは不可能に思えたが、持ち運びができるサイズの薄い金属製だったため、力ずくで何とかなる気がしていた。


金庫をひっくり返し、裏側の開閉用ヒンジの隙間にマイナスドライバーの先端を宛がう。そして、ハンマーで思い切り叩きつけた。

ガン! ガン! と鈍い金属音が響く。力を込めて何度も叩き続けていると、金属の接合部が歪み、ズボッとマイナスドライバーが強引に突き刺さって穴が空いた。

その開いた穴に斜めにドライバーを差し込み、さらにハンマーで叩いて強引に外側へと穴を広げていく。叩く振動で手が激しく痺れたが、ついに裏側の金具を完全に破壊することに成功した。あとはバールのようにドライバーを差し込み、テコの原理で無理やりに蓋をこじ開ける。

開けるというよりは完全に「破壊」だったが、なんとか中身を取り出すことができた。


金庫の中には、大きめの名前が書かれた封筒が何枚も入っており、その中には高級な貴金属や財布、そして複数のキーケースが収められていた。

僕の目的は車の鍵だ。キーケースからスマートキーをいくつか集めると、ベランダへと向かい、駐車場に向けて手当たり次第に解錠ボタンを押していった。


ピピッ、ピピッ。

ハザードランプを点滅させて反応したのは、計五台の高級車だった。その中には、僕が目をつけていたあの巨大なフォードの4WDもしっかりと含まれていた。他にもボルボのステーションワゴンなど、物資の運搬に重宝しそうな実用的な車も確保できた。これは大きな収穫だ。


この後は、腕の治療のために再び憩いの里を訪れる予定だが、その前に、昨日は夕方になって断念した502号室の本格的な内部探索と、まだ手付かずの501号室の調査を済ませておくことにした。501号室は無人である可能性が高いが、ゾンビが潜伏しているリスクもゼロではないため、奈穂には十分に警戒するよう伝えてある。


まずは奈穂と二人で、すでに安全を確保した502号室の探索を開始した。さすがは秘密の乱交パーティーの会場として使われていた部屋だけあって、寝室やリビングの至るところに、様々な大人のおもちゃや怪しげな媚薬が散乱している。


「マサキさん、ありました! ありましたよ、凄いです、これ何百錠もあります!」


奈穂が興奮した声を上げた。僕が何も言わなくても、彼女は目ざとくアフターピルの大量のシートを発見したのだ。毎日、外での行為の後に無理やり飲まされているからこそ、その形状を克明に覚えていたのだろう。僕の隠れた主目的もそれだったため、備蓄を大幅に補充できたのは幸運だった。


他にも有用な物資がないか一通り確認したあと、僕たちは隣の501号室の探索へと移った。以前ベランダから覗いた雰囲気では人の気配を感じられなかった部屋だ。

玄関の鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。足音を完全に殺しながら、薄暗い室内へと侵入していった。


玄関には、大人用のものに混ざって、小さな子供用の靴が残されていた。嫌な予感が胸をよぎる。各部屋を一つずつ慎重に調べていくが、ゾンビの気配はない。


「マサキさん、大変です……っ! 子供が……女の子が倒れています!」


奥のリビングに向かった奈穂の悲痛な叫び声が響いた。急いで駆けつけると、立ち尽くす奈穂の足元に、二人の女の子供が目を閉じたまま、重なるようにして横たわっていた。


ゾンビ化の兆候であるチアノーゼや噛み傷はない。生きている。

素早くしゃがみ込み、女の子の頬に触れてみる。肌は氷のように冷たかったが、微かに、しかし確かに呼吸の形跡があった。だが、重度の衰弱状態を前にして、医学知識のない僕にはどう対処していいのか全く分からなかった。


「奈穂、こういう場合、どうすれば……」


「そうですね……。おそらく、食べるものが完全になくなって、餓死寸前の状態ではないでしょうか」

奈穂が痛ましそうに呟く。確かに、大人とはぐれて子供二人きりでは、この地獄で食料を調達することなどままならなかったはずだ。


僕たちが焦りながら話していると、身体の小さい方の女の子が、うっすらと奇跡的に目を動かした。


「……おなかが、すいたの……。おねえちゃん、なにも、たべてないの……タスケテ……」


「奈穂、すまないが、大至急上の部屋から彩香を呼んできてくれ! それと、スポーツドリンクと栄養ゼリーをありったけ持ってきてくれ!」


奈穂が弾かれたように廊下へと走り去っていく。残された僕は二人を観察したが、妹よりも、彼女を庇うように倒れている身体の大きな姉の方の衰弱が、より深刻であるように見えた。


しばらくすると、奈穂に伴われて彩香が息を切らせてやって来た。彼女はすぐさま小さい方の妹を優しく抱きかかえ、少しずつスポーツドリンクを口に含ませていく。


「お腹がびっくりしちゃうから、ゆっくり、ゆっくり飲みなさいね。……お名前はなんていうの?」


「ゴク……ゴク、っ……ひろせ、ちづる、です……」


「ひろせちずるちゃんね。もう大丈夫だから、安心してね」


ひろせちずるちゃん。……ん? ひろせ? ……広瀬?

その響きに、僕の脳裏の記憶が激しくフラッシュバックした。


「あっ……! 広瀬さんの娘か……! そういえば広瀬さんも、このマンションに住んでいると前に聞いていた……!」


なんてことだ、と僕は激しい後悔に襲われた。あの、一緒にコンビニに立てこもっていた広瀬さんの娘たちだったのだ。広瀬さんがこのマンションに住んでいて、二人の幼い娘を残してきていることを、僕は話を聞いて知っていたはずだった。それをこれまで完全に失念していたのだ。本当なら、何よりも真っ先に救出しなければならなかった命なのに――。


「彩香、お姉ちゃんの方は完全に意識が無いんだ。どうしたらいい?」


「そうね……。すぐに憩いの里の白崎先生に診てもらうのが最善よ。だけど、移動させる前に、少しでも水分だけでも補給させておかないと持たないわ。……なんとかして飲ませられないかしら?」


僕の失態のせいで、この子を死なせるわけにはいかない。何としてでも、今すぐスポーツドリンクを体内に流し込まなければ。

横たわるお姉ちゃんを両手で抱き上げ、ソファにもたれかからせるようにして座らせた。そして彼女の顎を掴み、口を開けさせようとする。しかし、意識のない幼い子供の小さな口に、プラスチックのボトルの飲み口を差し込んで飲ませるのは、窒息や誤嚥のリスクを考えるとあまりにも難しいと思えた。


ダメだ、躊躇している時間はない。一刻も早く水分を与えなければ、本当に命に関わる。


「ちょっと、マサキさん、それは……っ」

僕の行動を見た彩香が息を呑む。


「……おねえちゃんに、ちゅーしてる」

隣でドリンクを飲んでいたちずるちゃんが、ぽつりと呟いた。


僕はスポーツドリンクを自分の口内に大量に含むと、そのままお姉ちゃんの小さな唇に自分の口を重ね、隙間を塞いだ。そして、彼女の喉の奥へとゆっくりと液体を流し込んでいく。彼女の喉元に手を添え、顎を少し上に向かせてやると、ごくん、と本能的に液体を呑み込んでくれる感触が伝わってきた。


「良かった、飲んでくれた……。緊急時だからな、人工呼吸のようなものだよ」


彩香の視線を背中に感じながら、僕は同じ行為を三度ほど繰り返して、まとまった量の水分を彼女の体内に流し込んだ。すると、お姉ちゃんは拒絶するように微かに眉をひそめ、うっすらと、しかし確かにその瞳を開いた。


「大丈夫かい?」

声をかけたが、彼女に返事をするだけの体力は残っていなかったようで、かすかに視線を彷徨わせたあと、またすぐに深い昏睡へと戻るように目を閉じてしまった。


「奈穂、すぐに憩いの里に行くぞ! バイクじゃなく、さっき手に入れたフォードを出す。準備してくれ、すぐに出発するからな!」

僕は一気に指示を飛ばした。

「それから、彩香はちずるちゃんを上の部屋へ頼む。確か雪乃は、この子たちのことをよく知っているから、顔を見せればちずるちゃんも安心するはずだ」


「分かったわ、任せて」


広瀬さんが娘を連れてコンビニに来た際、雪乃が親しげにその頭を撫でていた記憶が僕の中にあった。雪乃なら上手く面倒を見てくれるだろう。


僕は意識のないお姉ちゃんの身体を両腕でしっかりと抱き上げた。体重は驚くほど軽かったが、昨日巨漢ゾンビに抉り取られた右腕の傷に、強烈な激痛が走る。だが、そんな痛みに構っている暇はない。痛みを歯で噛み殺し、力強い足取りでマンションを出て歩き出した。


手に入れたばかりの頑丈なフォードの4WDに乗り込み、エンジンを始動させる。奈穂を助手席に乗せ、幼い命を救うために、アクセルを深く踏み込んで憩いの里へと車を走らせた。


憩いの里に近付くと、白い煙が上がっているのが見えた。

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