警備員ゾンビ
僕と奈穂は再び502号室へと侵入し、彼女を安全なLDKに待機させた。彼女の胴体に頑丈なロープをしっかりと巻き付け、そのロープの端をベランダの鉄パイプを経由させ、隣の事務室の前まで引っ張ってくる。ロープの先端には、引っ張ると自動的に締まる投げ縄のような輪を作っておいた。
背中には、予備の鉄パイプと刺身包丁を入れたリュックを背負っている。
ロープを肩にかけ、僕はゆっくりと事務室のドアを開けた。
中を覗き込むと、先ほどと同様、部屋の中に標的の姿は見えない。僕はリュックから鉄パイプを抜き出し、ドアの裏側に全神経を集中させて室内へ踏み込んだ。
予想通り、巨漢ゾンビはドアの死角から肩を突き出し、タックルの体勢で突進してきた。
軌道は読んでいる。寸前で身をかがめてその突進をかわし、鋭くゾンビの背後へと回り込むと、その太い首に用意していたロープの輪を叩き込んだ。
「奈穂! 今だ、走れーーっ!!」
僕が叫ぶのとほぼ同時に、ロープが限界までピンと張られた。凄まじい牽引力が加わり、巨漢ゾンビの巨体が廊下へと引きずり出される。
しかし、この怪物は一筋縄ではいかなかった。驚異的な怪力で事務室のドアフレームを掴み、その場に踏みとどまろうとしたのだ。
バシン! バシン! バシン!
僕は鉄パイプがしなるほどの力で、フレームを掴むゾンビの指先を何度も痛打した。たまらずズルズルと手が離れ、巨体は完全に廊下へと倒れ込み、ベランダに向けて猛スピードで引きずられていく。
「奈穂、順調だ! あと少し!」
並走しながら声をかける。LDKでは、奈穂が女性の身体からは想像もつかない力を振り絞り、ロープを必死に手繰り寄せていた。
だが、ベランダの手前で唐突にロープの動きが止まった。あまりの重量に、何かに引っかかったらしい。
嫌な予感がしてベランダへ飛び出し、隣の部屋の窓を確認すると、ゾンビの上半身だけがサッシに引っかかっているのが見えた。太い腕でサッシの枠を必死に掴んでいるのだ。奈穂の体力も限界に近づいている。
僕は鉄パイプでその手を叩こうとしたが、ベランダの狭い隙間が邪魔をしてうまく力が伝わらない。
「くそっ、手は後回しだ!」
僕はパイプを捨て、リュックから鋭利な刺身包丁を引き抜いた。そして、ゾンビの首元、食い込んでいるロープのすぐ下に刃をあてがい、自らの全体重を乗せて深く切り込んだ。
『グギッ』という、鈍く不快な骨の感触が手に伝わり、刃が止まる。僕は容赦なく、包丁の背を何度も足で踏みつけた。狂ったようにガンガンと踏みつけ続けると、ついに骨の隙間に刃が噛み合わさり、巨漢ゾンビの頭部が、ベランダの外の暗闇へと転がり落ちていった。
「奈穂、やったぞ!」
首を失い、完全に弛緩した巨躯の胴体を、僕は最後の力を振り絞ってベランダの外へと押し出し、地上へと突き落とした。
LDKへ戻り、奈穂の胴体のロープを解く。彼女の細いお腹には、摩擦で赤くなったロープの跡がくっきりと刻まれていた。
「痛かっただろ……。君は本当に最高の相棒だ。ありがとう、奈穂」
「ううん……それより、マサキさんの傷が、無事であることを祈るばかりです……」
「そうだな……。もし、僕が本当にゾンビになってしまったら、これからのコミュニティの運営は奈穂、君が中心になってくれ。……そして、場合によっては、僕の代わりにみんなを引っ張っていける、他の男を外部から招き入れることも視野に入れてほしい」
僕の現実的な提案に、奈穂は激しく首を振った。
「そんなの、嫌です……! 他の男の人なんて、絶対に考えられません! 私は、マサキさんだから、マサキさんじゃなきゃ嫌なんです……っ、うぅ……」
奈穂はついに堪えきれず、僕の胸に顔を埋めて泣き崩れた。
彼女の純粋な気持ちは、痛いほど嬉しかった。しかし、もし僕が脱落すれば、残されるのは力のない女性ばかりだ。過酷なこの世界を彼女たちが生き抜くためには、いずれ冷徹な現実を受け入れなければならない。
それこそが、この地獄と化した世界の、唯一の真実なのだから。
※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です
18禁になるであろう閑話と挿絵も追加してあります




