502の謎
僕はコンビニから調達してきたモップの先端に、50センチほどの鉄パイプをテープで固定し、即席の「サスマタ」を作成した。これがあれば、ゾンビと安全な距離を保ったまま誘導できる。
六階の防火扉を開け、静かに五階へと降りていく。ホールの薄暗がりに三体のゾンビがうろついていたが、サスマタを使って階段へと巧みに誘導し、一気に突き落とした。すかさず五階の防火扉を閉める。
ここまでは順調だ。501号室は以前ベランダから覗いた際に人の気配がないことを確認しているため、まずは502号室から探索することにする。ドアノブをゆっくりと回すと、鍵はかかっていなかった。
「マサキさん、待って! はぁ、はぁ……っ」
背後から冬子の切迫した叫び声が聞こえ、僕は手を止めた。
「冬子、どうした?」
「502号室の防犯カメラの映像をさっき確認したんです……。この部屋、恐らく中に二十体以上のゾンビがいます!」
「二十体も……?」
冬子の説明はこうだった。騒動が始まったあの日、防犯カメラには二十人以上の男女がこの部屋に入っていく姿が映っていたという。その後、三人の男が部屋から出てきたが、うち二人はすぐに部屋へ戻った。そして映像を拡大すると、戻っていった男の一人は手から血を流しており、そこには何かに噛まれたような生々しい歯形が残っていたそうだ。
おそらく、外でゾンビに噛まれた男が治療のために部屋へ戻り、そこで絶命してゾンビ化。室内にいた残りの人々を次々と襲っているのではないか、と話した。
しかし、3LDKのマンションの一室に、なぜ二十人もの人間が集まっていたのだろうか。
「この部屋の家主は誰なんだ?」
「それが、名簿上は空室になっているんです」
「岡田が私的に使っていたのか?」
「その可能性が極めて高いです。あるいは、一時的な隠れ家として貸し出していたか……。入室していたのは、身なりのキッチリした中高年の男性と、若くて綺麗な女性ばかりでした。何かのセミナーでしょうか」
「セミナーか……高級化粧品か何かのマルチ商法という線もあるな。それよりも、どうするかだ……」
このまま放置してもいいが、今後の安全を考えると、せめて五階のフロアまではゾンビをすべて排除しておきたい。部屋のドアが破られる可能性は低いとはいえ、ゼロではないからだ。
「玄関から正面突破するのは危険すぎるな。万が一、奥から挟み撃ちにされたら逃げ場を失う。まずは玄関を開けて、外に少しずつ誘き出そう」
「そうですね。もし大量に出てきたら、すぐに六階に駆け上がって防火扉を閉めましょう」
「それなら、私は彩香さんと雪を呼んで、六階の扉の前で待機しています」
作戦が決まった。僕と奈穂は玄関を開けたあと、六階への階段に身を潜めて様子を見る。もし制御しきれない数が溢れ出してきたら、即座に六階へ撤退する手はずだ。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
正面の廊下に、さっそく一体のゾンビが突っ立っていた。僕の姿を視認した瞬間、それはうめき声を上げて歩き出す。ドアを開け放った状態で固定し、奈穂とともに六階への階段へと駆け上がった。
一体……二体……三体。
廊下へ這い出てきたのはそれだけだった。それ以上追ってくる気配がないのを確認し、僕はサスマタを使って彼らを下の階段へと誘導し、突き落とした。
その後、壁を叩いて大きな音を出してみたが、中からの反応はない。
「僕が一人で中を見てくる」
「私も行きます!」
「いや、待っていてくれ。通路が狭いから、二人で入ると不意を突かれたときに退避の足枷になる」
「……分かりました。気をつけてください」
奈穂を階段に残し、僕は意を決して502号室の玄関をくぐった。中にはまだ十五体以上のゾンビが潜んでいるはずだ。
すり足で廊下を進み、LDKへと続くドアの前にたどり着く。音を立てないよう、数センチだけドアを開けて中を覗き込んだ。
(な、何をしてるんだ、あいつらは……。まさか、そんなことが……)
視界に飛び込んできた光景に、強烈な吐き気が込み上げてきた。
おぞましい。ゾンビたちは、今なお互いの肉体を不気味に重ね合わせ、一定の運動を繰り返していたのだ。
ああ、なるほど。この集まりの正体は、それだったわけか。
僕は込み上げる胃液を必死に堪えながら、音を立てずに後退し、部屋を後にした。
階段に戻ると、心配そうな面持ちの奈穂、冬子、雪乃、彩香が待っていた。
「どうでしたか? ゾンビはまだ中に……?」
「ああ、いたよ……」
「マサキさん、顔色が真っ青だよ? 何があったの?」
彼女たちに説明すべきか一瞬迷ったが、状況を共有するためにありのままを話すことにした。
「まず、あの502号室の集まりの正体は、おそらく……乱交パーティーだ。そしてゾンビたちは今も、死体のまま重なり合ってセックスのような動きを続けている」
「乱交パーティー……。それって、その、複数で……」奈穂が顔を赤らめる。
「ゾンビが性行為に類似した運動を行っている、と……。極めて興味深い現象ですね、見てみたいです」冬子が顎に手を当てて呟く。
「ちょっとお姉ちゃん、何言ってるの? 普通にキモすぎるでしょ!」雪乃が顔を顰めた。
「施錠してしまって、あの部屋にそのままゾンビを閉じ込めておくという選択肢もあるわね」
彩香の言う通り、放置しておけば直接の害はないかもしれない。しかし、僕には別の狙いがあった。
「いや、僕はあの部屋のゾンビをすべて排除するつもりだ。探さなければならない物がある」
「それって、そんなに大事なものなの?」
「前々から、このマンションの駐車場に、なぜあれほどの高級車ばかりが並んでいるのか疑問だったんだ。おそらく、あの車群は502号室のパーティーに参加していた連中のものだ」
「なるほどね……。確かにマサキさんの言う通りかもしれないわ」
「駐車場にはフォードの大型4WDもある。あれが手に入れば、多少のゾンビの群れなら力ずくで突っ切れるパワーがある。乗車人数も七人だし、最悪の事態になったときの脱出用として最適なんだ」
とはいえ、3LDKの閉鎖空間に十五体のゾンビはあまりにも分の悪い脅威だ。玄関の細い通路を塞がれれば、一巻の終わりになる。
「僕は、ベランダから侵入して、一部屋ずつ各個撃破していこうと思う」
「ベランダね……うまく行くかしら。無理だけはしないでね」




