表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/91

最善の結果

「お母さんを……なぜ……どうして殺したの!?」

変わり果てた母親の姿に、遙香ちゃんが狂乱したような悲鳴を上げた。

「2人は冬子さんに酷いことをしたけど……だからって、殺すほどの事じゃないわよ! 人殺し!」


親を殺されたのだから、彼女の激昂は当然だった。しかし、ここで言い争いをしている時間はない。


「雪乃、すまないが、冬子を上に連れて行ってお風呂に入れてやってほしい。それと、若宮さん、申し訳ないけど遙香ちゃんを預かってくれないか?」

僕は努めて冷静に指示を出した。


「……構いませんわ。行きましょう、遙香ちゃん」

千里さんはショックに震える遙香ちゃんの肩を抱き寄せ、静かに頷いた。


冬子と雪乃、そして千里さんと遙香ちゃんが部屋を出て行き、血臭の立ち込める部屋には僕と、彩香、そして奈穂の3人が残っていた。


「遺体をこのままにはしておけないな。いつゾンビになるか分からないからな」

僕が呟くと、奈穂が青ざめた顔で口元を押さえた。


「マサキさん……あたし、吐きそうです……」


「奈穂ちゃんは、こういうことに慣れてないから仕方ないわ。それにしても冬子さん、まさかあそこで躊躇なく手を下すなんてね……」

彩香が重苦しい口調で眉をひそめる。


「2人とも聞いてほしい」

僕は2人の目を真っ直ぐに見据えた。

「冬子が殺さなければ、どっちみち僕が殺していた。信彦と母親は完全に一線を超えたんだ。僕は、君達に害を与える者を絶対に許さない」


「ですが、殺すのはやっぱり……」

奈穂が消え入るような声で反論する。法律も警察も機能していないとはいえ、つい数日前まで普通の女子大生だった彼女にとって、目の前で繰り広げられた私刑を受け入れるのは酷だった。


「奈穂の考えは間違っていないよ。僕は君に、人を殺すことを強要する気もない。だけどもし、また君に害を与える者が現れたら、僕は迷わず殺す」


「奈穂ちゃん、2人を責めないで」

彩香が奈穂の肩に手を置いた。

「マサキさんが非情になる事を望んだのは、他ならぬ私なのよ……」


「いえ、多分あたしの考えが甘いのだと思います。だけど……」


誠実な性格の奈穂に、今まで生きてきた文明社会の常識を捨てさせるのは難しいだろう。しかし、甘い事を言っていてはこの地獄を生き残れない。もし信彦達を生かしておけば、このマンション内で彼らを監禁し続けることなど不可能だし、結局は今までと同じ生活をさせる事になる。

そうなれば必ず、隙を突いて冬子や他の女達に再び危害を加えるだろう。それを放置する事は絶対に出来ないのだ。


奈穂は遺体を見たくないのか、終始目を背けていた、それでも必死に感情を堪えて処理の手伝いをしてくれた。

2人の遺体をベランダまで運び、外へと投げ落とす。ドサリと鈍い音が下に響いた。放っておけば恐らくゾンビになるだろう。


すべての処理が終わると、精神的な限界を迎えたのか、奈穂は先に自分の部屋へと戻って行った。


静まり返った信彦の部屋で、僕は隣に立つ彩香に向き直った。


「これは、君の描いた通りの結末になったのか?」


彩香はしばらく血の海を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「2人がここまでの強行に出たのは想定外だったわ。冬子さんには本当に悪いことをしてしまったと思っている。だけど……結果的には、私たちが生き残る上で理想的な形になったわね」


「多分、冬子も君と同じ考えだから殺したんだと思う。あいつらを生かしておけば、いずれ自分たちの足枷になるって分かっていたんだ」


「そうだと思うわ。彼女は、私以上にこの世界のルールを理解しているのかもしれないわね」

後片付けを終えて部屋に戻り、みんなで夕食にした。しかし、いつもとは違って、食卓は重苦しく静まり返っていた。箸を動かす音だけが響く中、僕は意を決して口を開いた。


「僕は君達を信頼している。それと同じように、君達にもお互いを信頼し合ってほしいんだ。だから、敢えて今日の事について、みんなの意見を聞きたい」


真っ先に口を開いたのは雪乃だった。うつむき、悔しそうに拳を握りしめている。

「私は責任を感じてる……お姉ちゃんを一人で置いて来たことを。マサキさんは心配していたのに、私は何も見抜けなかった」


「それについては、私も反省してます」

彩香が沈痛な面持ちで後に続いた。

「信彦くんが変態なのは分かっていたのに、どこかで気を許してしまったは私の落ち度です。私の見通しが甘かったせいで、冬子さんにこんな……」


「あ、あたしは……」

奈穂がおずおずと、しかし正直な気持ちを吐露した。

「あたしは、冬子ちゃんが怖かったです……」


人を殺す瞬間の冬子の冷徹さを間近で見た奈穂にとっては、それが率直な感想だろう。すると、雪乃が強い口調で反論した。


「わたしは、お姉ちゃんが2人を殺したのは間違って無いと思ってる! 奈穂ちゃんは知らないかもしれないけど、お姉ちゃんは2年もストーカーに付きまとわれて、学校もいけなくなって、結局学校も辞めちゃって……」


「雪、その話はもうしなくていいから」

冬子が静かに遮ろうとしたが、僕はそれを止めた。


「ダメだ冬子。彩香と奈穂にも、ちゃんと知って貰おう」


雪乃は、このゾンビ騒動が起きて僕が不在にしていた時のことを話し始めた。留守中にあのストーカーの男達に部屋へ押し入られ、襲われたこと。


「それでね、私は直接見てないけど、お姉ちゃんとマサキさんがその男達を殺したの。それでやっと、お姉ちゃんはストーカーから解放されて、自由になれたの。それなのに、あの人達はまたお姉ちゃんに同じようなことを……。だから、殺されて当然よ! それに、最後のあのオバサンのセリフは……!」


我が子に実の娘を抱かせていたという狂った母親の放ったどこまでも自分勝手な言葉。

「あたしも、あれだけは許せなかった。……冬子ちゃん、ごめんなさい。さっきは怖いなんて言って」

奈穂が涙目を浮かべながら、冬子に向かって頭を下げた。


「普通の人は怖いと感じるかと思います。自分でも、どこか壊れてる自覚はありますから」

冬子は淡々とした、しかしどこか吹っ切れたような表情で言った。

「でも、マサキさんには解って貰えているから。私はあまり気にしていません」


「だけどね冬子、僕は君の事が心配だよ」

僕は冬子の冷徹さの裏にある、傷ついた心を思い、その細い手を握った。

「ゆっくり話もしたいから、今日も一緒に寝ようか」


「はい、解りました」

冬子が少しだけ表情を和らげる。すると、隣からジト目が飛んできた。


「話って長いの? 何分くらいかな?」

雪乃が身を乗り出して尋ねてくる。


「雪! あんた、また乱入する気ね!」

冬子が頬を赤くして怒ると、重苦しかった食卓にようやく少しだけ笑みが戻った。僕達は、そんな姉妹ケンカを微笑ましく見つめていた。


一息ついたところで、彩香が表情を引き締め、明日の予定を口にした。

「今日は本当に色々有りましたので、明日はのんびりしたい所ですが、このマンションに籠城する為に動きましょう。それとマサキさん、腕に怪我をされてましたので、明日は老人施設に行って、白崎さんに見て貰ってください。くれぐれも慎重に」


「分かった。そうさせてもらうよ」

僕は頷き、それから気になっていたことを雪乃に尋ねた。

「雪乃、遙香ちゃんとは仲良く出来そうか?」


「お姉ちゃんはどう思ってる?」

雪乃が冬子に視線を向けると、冬子は少し考え、静かに答えた。

「あの子は被害者です。あの母親に無理矢理、兄とセックスさせられていたようで同情します。だから、私はあの子に対して怒りはありません。だけど……あの子は、母親と兄を殺した私を恨んでいるでしょうね」


「お姉ちゃんが怒って無いなら、わたしは遙香と仲良くする」

雪乃の言葉に、僕は安堵した。


「それなら明日は、若宮さんの所に行ってほしい。彼女の事も心配なんだ。遙香ちゃんを一人にしないでやってくれ」

そして、信彦達が使っていた602号室については、遙香ちゃんの了解をきちんと取ってから、僕たちの物資を保管する倉庫として使う方針で決まった。


夕食を終え、みんながそれぞれの部屋へと戻っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ