許す?
凌辱されている冬子を見て、僕は脳の奥底から、ドロリとしたどす黒い怒りと殺意が湧き上がってくるのが分かった。胸を支配する黒い感情のままに、僕はーー殺してやるーーと心に誓った。
ベランダの隅に置かれていたガーデニング用の重いレンガを掴み、ガラス窓に向かって思い切り投げつけた。凄まじい破砕音と共にガラスが粉々に割れ散る。
素早く室内に手を差し込んでクレセント錠を開け、部屋へと突入した。突然の乱入に驚いて硬直している信彦に向けて、足元に落ちたレンガを拾って投げつける。信彦が反射的に両手を上げたため顔面への直撃は免れたが、僕はすでに、殺すつもりで鉄パイプを大きく振りかぶっていた。
「死ねッ!!」
信彦の頭部を目がけて、ありったけの力を込めてパイプを振り下ろす。信彦は咄嗟に腕を突き出して防ごうとしたが、バキッという生々しい骨折の音と共に、パイプはその肥満体の頭部へと強烈にヒットした。信彦は悲鳴を上げる間もなく、そのまま床へと崩れ落ちた。
すぐにリュックからナイフを取り出し、ベッドに駆け寄って冬子の手足を縛っていたプラスチックの拘束具を素早く切断し、口に嵌められていた猿ぐつわも外した。
「冬子、遅れてごめん。僕がもっと早くあいつらの異常性に気が付いていれば……」
「ダメです……! マサキさん、後ろ、危ないっ!!」
冬子の悲鳴のような絶叫が響いた瞬間、後頭部に凄まじい衝撃が走った。
バキッという鈍い音が響き、目の前がチカチカと明滅して一瞬で意識が飛びそうになる。痛みに呻きながら、本能的に横へと転がって追撃を避けた。
視界がかすむ中で見上げると、頭から血を流した信彦が、狂気に目を血走らせながら重い木製の椅子を両手で振り上げていた。もう一度、僕の頭を叩き割るつもりだ。
「この、女を盗む悪魔め……! 僕の聖域を汚す奴は殺してやる!!」
脳震盪で身体がうまく動かない。逃げられない――そう覚悟した。しかし、その椅子が振り下ろされることは無かった。
ドシュッ!!!
信彦の首元から、鮮血が噴水のように激しく吹き出した。信彦は呆然とした表情で冬子を見ていた。首を押さえても噴き出す血は止まらない、そのまま血の海へと崩れ落ち、二度と動かなくなった。
その背後には、ナイフを両手で握りしめ、全身に返り血を浴びた冬子が立っていた。ラバースーツの隙間から覗く彼女の身体は、小刻みに、しかし激しく波打つように震えている。
恐怖に?
違う……
「冬子……お前、……まさか、イっているのか?」
彼女の尋常ではない様子に、僕はかすむ意識の中で問いかけた。
「だって……マサキさんがバイブを早く抜いてくれないから……。危機一髪のところでマサキさんの顔を見たら、なんだか急に脳が興奮してきてしまって……。この手で、こいつをナイフで突き刺して殺したら……信じられないくらい気持ち良くて、今、最高にトんでます、あっ……」
冬子は潤んだ瞳でトロンと僕を見つめ、妖艶に微笑んだ。
「冬子、その事は……絶対に、僕以外の誰にも言うなよ」
「もちろんだよ、マサキくん♪」
ふらつく身体を起こし、内側から防音のドアを開けると、廊下で待っていた雪乃、奈穂、彩香、そして千里さんが息を呑んで室内の凄惨な惨状を見つめていた。
「椅子で頭を割られて脳震盪で動けなくなってしまって、冬子に助けられた」
僕がそう説明すると、冬子もナイフを握ったまま淡々と言い添えた。
「……マサキさんが殺されそうになったから、刺したの」
部屋の凄まじい血の海と、拘束されていた冬子の痛々しい悪魔のコスプレ姿を見て、みんなは複雑な表情で「仕方ないわ……」「正当防衛よ」と小さな声で呟いていた。
しかしその時、先ほど僕が廊下で気絶させたはずの母親が、いつの間にか意識を取り戻して僕たちを激しく押し退け、部屋の中へと狂ったように乱入してきた。床に転がる信彦の死体を抱き抱え、般若のような形相で大声で泣きわめき始める。
「あああああ!! 信彦さん! 起きて、起きてよぉっ!! 私を置いて行かないで! あああああっ!!」
「お姉ちゃん……っ、生きてて良かった! 大丈夫!?」
雪乃が冬子に駆け寄り、その身体を抱きしめる。
「色々とおぞましい事をされましたが……まぁ、精神的には意外と平気なんだな、これが」
冬子はケロリとした調子で答えた。
「――この、アバズレがぁっ!! よくも私の、向井家の宝である信彦を殺したわねぇっ!!」
母親は突然、床に落ちていたナイフを拾うと、凄まじい執念で冬子に向けて切り込んできた。
「冬子、危ないっ!!」
僕は咄嗟に冬子の前に身体を投げ出したが、母親の振る舞った刃先が僕の右腕を鋭くかすめた。
「痛ッ……!」
腕の肉を斬られ、鮮血が飛び散る。母親は狂った笑みを浮かべ、さらに僕たちを皆殺しにせんとナイフをもう一度振りかぶった。しかしその刃の前に、今度は実の娘である遙香ちゃんが両手を広げて立ちはだかった。
「お母さん、もう止めて!! ――間違っているのは、お母さんたちだよ! お兄ちゃんはもう死んじゃったの! 生き返りなんてしないの! もうこんな狂ったことはヤメてよぉっ!!」
「そんな事はわかってる!!だけど、この女を殺さないと信彦さんが報われないじゃないの、信彦さんは私の全てなよ!!」
「お母さん、まだ私が居るじゃない、お願い私を見て、おねがい…………昔の優しいお母さんに戻ってよ!! 」
実の娘の悲痛な絶叫を聞き、母親はピタリと動きを止めた。しばらくの間、虚ろな目で宙を見つめていたが、やがて憑き物が落ちたかのようにフゥと深い溜息を漏らし、包丁を床へとカラリと投げ捨てた。そして、ゆっくりと冬子に向かって歩み寄る。
「……遙香。そうね、分かったわ……。確かに、私達のやり方も少し行き過ぎていたわね。それにまだあなたが居るものね、ごめんね悲しい思いをさせて――いいわ、この女のしたことを、わたくしが広い心で許してあげるわ」
「……許す、ですか?」
僕は腕を押さえながら、この期に及んで被害者面をして尊大に言い放つ狂女の言葉に、耳を疑った。一体この女は何を言っているんだ。
「ええ、もういいわ。なんだかわたくしも、すべてに疲れちゃったの。だから、あなたがたの罪を、全部わたくしが許してあげるわね、これでいいでしょ?」
母親は穏やかな、まるで聖母のような気味の悪い笑みを浮かべて冬子に手を伸ばした。
「……なるほど。寛大なことで恐れ入ります。――だけど」
冬子は大きく、冷酷にその目を見開いた。
「――わたしは、あなたを絶対に許さない」
次の瞬間、冬子の手が目にも留まらぬ速さで一閃した。
彼女が握りしめていたナイフの鋭い刃先が、油断しきって歩み寄ってきた母親の剥き出しの首元を、狂いなく深く横一線に掻き切っていた。
※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です
あちらは、ラブシーンに少しづつ挿絵もいれてます。




