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彩香の思惑

頬に微かなくすぐったさを覚えて、僕は目を覚ました。

ゆっくりと瞼を開けると、すぐ目の前で、横たわった彩香が愛おしそうに僕を見つめていた。


「おはよう。起きていたんだね」


「ええ。とても幸せな朝だったから、あなたを見つめながら、この幸福に浸っていたの」


「僕も幸せだよ。君とこんな風に深く結ばれるなんて」


「ふふ、チュッ……」


彩香が僕の唇に、挨拶代わりの軽いキスをくれた。

それだけでは物足りなさを感じ、彼女の華奢な肩へ手を伸ばそうとしたが、彼女はするりと僕の腕をすり抜けて、シーツの下へとその美しい身体を滑り込ませていった。


首筋から胸元、そして腹筋を辿るように、彼女の熱い唇が何度も肌に触れる。

微かなくすぐったさを感じつつも、不快感などは微塵もない。それどころか、彼女の器用な舌先が僕の胸の突起をねっとりと愛撫し始めるのと同時に、下半身へ急速に熱い血が集まっていくのが分かった。


シーツの中で、彼女の滑らかな指先が、目覚めたばかりの僕の塊を優しく包み込む。


「まあ……朝からこんなに大きくなっているわ」


「男の朝は、こういうものなんだよ」


「そうなの? ……じゃあ、やめる?」


上目遣いに意地悪く微笑む彼女を見下ろし、僕は低く息を吐き出した。


「いや……続けてほしい」


「うふふ、いいわよ。すぐにスッキリさせてあげる」


彩香は僕の胸を愛撫しながら、その細い指先で熱を帯びた塊を熱心にしごきあげた。

頭がどうにかなりそうなほどの快感が押し寄せる。彼女が再び這い上がり、僕の唇を塞いで舌を深く絡め合ってきた瞬間、激しい衝動に堪えきれずに彼女の指先へと全てを解き放っていた。


「ありがとう……こんな素晴らしい朝は初めてだ」


「喜んでもらえて嬉しいわ。でもね、誤解しないで? ……私、自分からこんなことをするの、本当にあなたが初めてなのよ」


「それは光栄だな。……朝から少しベタベタになってしまった。シャワーを浴びてこようか」


それから、僕たちは交代で浴室へ向かった。

先にシャワーを浴び終えて部屋で待っていたのだが、壁の向こうで彼女が裸で水を浴びている姿を想像すると、昨夜の興奮が急激に蘇り、ムラムラとした欲情を抑えきれなくなってしまった。


我慢できずに浴室のドアを開け、水煙の立ち込める中へと乱入した。

驚く彼女をすぐさま壁へと押し付け、濡れたタイルの壁にその白い手を突かせると、容赦なく後ろからその肢体を激しく責め立てた。

ひとしきり朝の情事を貪ったあと、僕たちは軽く朝食を済ませ、ベッドの上で再び互いの身体を抱き締め合っていた。


「あなたに触れて、その匂いを嗅いでいると……またしたくなってきちゃうわ」


「僕も同じだよ。今すぐ君を押し倒そうかと考えていたところだ」


「うふふ、とても魅力的な提案ね。……だけど井上さん、少し真面目なお話をしたいの。いいかしら?」


「そうだね。お互いのことや、これからのことを話さなくちゃいけない」


身体を重ねたことで、僕たちの距離は一気に縮まっていた。しかし、互いの過去については何も知らない。短い時間で全てを語ることは不可能だったが、僕たちは簡単な生い立ちや現在の生活について打ち明け合った。

そして、この崩壊してしまった世界で、今後はパートナーとして協力して生きていこうと固く約束を交わした。


「ひとつ、深く聞いてもいいかしら?」


彩香が僕の目を見つめて言った。


「どうして、それなりの企業に勤めていたあなたが、会社を辞めてコンビニで働いているの?」


その過去は、誰にも話さずに墓場まで持っていこうと考えていた。

しかし、彼女をパートナーに選んだ以上、隠し事はしたくない。何より、僕の最も深い部分を彼女に知ってほしかった。


「……君には話すよ。実は、僕には大学時代から同棲していた彼女がいてね……」


僕は、高校の同級生であり会社を辞めるきっかけを作った青山という男の裏切りについて静かに語り始めた。彼に嵌められ、最愛の恋人だった京香を奪われたこと。ある日を境に音信不通になり、青山から京香との情事の動画を見せられて逆上し、彼を殴ってしまったこと。そして、二人が僕の部屋を訪れ、京香の口から冷酷に別れを告げられたこと。


「他人から見たら、ただの情けない男の昔話さ。でも、僕の心には今でも重く棘のように刺さっていて……」


「なるほどね……でも、その彼女さん、もしかしたら……」


彩香は何かを言いかけ、ふと思いたったように口を噤んだ。


「何か気になることでもあるの?」


「いいえ。憶測でいい加減なことは言えないわ。……でも、これだけは知っておいて。女が『好きな男にしか身体を開かない』なんていうのは、ただの幻想よ。女の身体は、どれだけ嫌いな男に触れられても、どうしようもなく感じてしまうものなの。それは生物としての本能よ」


「そうなのか? 女は感情で動く生き物だとばかり思っていたけれど」


「男だって、好きでもない女性の身体に興奮するでしょう? 女も同じよ。ただ、女は妊娠のリスクがあるから、誰とでも関係を持とうとはしない……それだけのことよ」


「なるほど……。だけど、京香ははっきりと僕に別れてほしいと言ったんだ」


あの瞬間の痛みを思い出すと、今でも怒りと悲しみが胸に押し寄せる。


「井上さん、もう京香さんのことは完全に忘れて。これはあなたのためだけじゃなく、これからの『私の利益』のためでもあるの」


「どういう意味だい?」


「さっきも言った通り、女は快楽を与えてくれる男を最終的には求めてしまうのよ。だから…もう京香さんへの未練は捨てて。私のために、あなたのその強い力を活かしてほしいの」


彩香はそう言うと、傍らにあったメモ用紙を手に取り、ペンで一つの丸を描いた。そしてその丸から何本もの線を伸ばし、その先に別の丸をいくつも書き足していく。まるで、一つの王座から家系図が広がっていくかのような奇妙な図だった。


「この一番上の丸、これがあなたよ。そして下のたくさんの丸が女たち。私も、そのうちの一つに過ぎないわ」


「どういうことだ? もう少し詳しく教えてくれ」


「心情的には、私はあなたと二人きりでどこか安全な場所に逃げ延びたい。けれど、この狂った世界を二人だけで生き抜くのは不可能よ。だから……私はあなたを中心とした、絶対的なコミュニティを築き上げたいの」


「僕を中心にしたコミュニティ……?」


「そう。男はあなた一人。他はすべて、あなたに依存する女だけの世界よ。男が複数いれば、必ず序列や資源を巡って争いが起きるわ。だから、このコミュニティに男はあなた一人でいいの」


「確かに男が集まれば争うだろう。だけど、他の女たちがそんな歪な環境に納得するのかな?」


「平和なら、誰も納得しないでしょうね。けれど、法も秩序も崩壊して治安が悪化すれば、女たちの価値観は一変するわ。優秀で安全を提供してくれる男の元に、複数の女が集まって一夫多妻のような形が形成されていく……それは歴史が証明していることよ。危険な世界を生き抜くには、裏切りのない絶対的な信頼関係が必要なの」


「それはそうだが……信頼なんて、そう簡単に築けるものじゃないだろ」


「あなたは私のことを信用している?」


「もちろんだ。君のことは大事に思っているし、心から信用している」


「ありがとう。私もあなたを信じているわ。……男と女が、互いの身体を最も深い部分で重ね合わせる行為セックスは、短時間で強固な信頼関係を結ぶ最大の手段よ。だから……あなたには、その魅力を使って、私たちのために女性の仲間を増やしてほしいの」


彩香がその壮大な野望を口にしたことで、彼女がなぜ先ほどから女の肉体や本能の性質について語っていたのか、すべてが腑に落ちた。

単刀直入に言えば、彼女は「気に入った女をその肉体で快楽の虜にし、惚れさせて仲間に引き入れろ」と言っているのだ。


僕も五体満足な男だ。複数の魅力的な女性と関係を持ちたいという願望が皆無だったと言えば嘘になる。しかし今までは、結婚を約束した京香を裏切ってはならないという理性が、その本能を抑え込んでいた。

彩香が「京香のことは忘れろ」と言ったのは、過去の未練だけでなく、かつて僕を縛り付けていた倫理観をも捨て去り、この新しい世界の支配者として生まれ変われ、という意味なのかもしれない。


変わってしまった世界で、彩香と共に生き抜くため――僕は彼女の、この狂気に満ちた、しかし合理的な提案を受け入れる決意を固めた。

しかし、現実的な問題が一つある。


「君のコミュニティ計画には賛成するよ。だけど……僕は女性を惹きつけることに、お世辞にも自信があるとは言えないんだ。顔だって平凡だし、気の利いた口説き文句も言えない」


「プッ……アハハ! ごめんなさい、笑ってしまって。でも、そんな心配は全く必要ないわ。女の目から見て、あなたのその無自覚な男らしさは、信じられないほど魅力的なのよ?」


彩香は本当に可笑しそうに笑うと、僕の胸に顔をうずめた。


「自信を持って。……そうね、効果的なのは、女に対して決して無駄な嘘を吐かないこと。そして、自分の欲望をストレートに伝えることかしら」


彼女の言葉を聞いても未だに半信半疑ではあったが、嘘を吐かないということなら僕にもできる。昔から、不誠実な嘘だけは嫌いだったからだ。


それからは、互いに欲情しない程度に身体を寄せ合いながら、他愛のない会話を楽しんだ。

幸福な時間はあっという間に過ぎ去っていく。昼食を済ませ、時折名残惜しそうに唇を重ね合わせながら甘い時間を過ごしているうちに、気づけば時刻は午後3時を回っていた。


「……そろそろ、下のコンビニに戻るよ」


「もうそんな時間なのね。寂しいわ……」


「明日にでもまた様子を見に戻ってくる。何か必要な物はあるかい?」


「そうね、書き出すから少し待って。それから……コンビニの人たち、特にあの『店長』さんには、私がここで生きていることは絶対に秘密にしておいてね」


彩香は手際よくメモ用紙に必要物品を書き連ね、僕に手渡した。乾麺や調味料など、日持ちのする実用的なものばかりだった。


最後に、僕たちは互いの存在を確かめ合うように深く抱き合ってキスを交わし、僕は彼女の部屋を後にした。

※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です

あちらは、ラブシーンに少しづつ挿絵もいれてます。

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