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憩いの里

出発の時間になり、僕たちはバイクで隠してあるトラックまでいき乗り換えて、お米の備蓄があるライスセンターへと向かった。

途中で川の大きな橋に差し掛かると、昨日の昼間にこの場所で奈穂のライダースパンツを剥ぎ取り、欄干に押し付けて激しく突いた生々しい記憶が脳裏に蘇ってきて、股間がムラムラと熱くなってきたが、今は大事な任務中だ。なんとか理性を働かせてその衝動をこらえた。


ライスセンターに到着するとトラックの荷台に30kgの米袋を4袋だけ積み込んで、南の老人施設に向けてトラックを走らせた。助手席には奈穂が座っている。


「マサキさん、これからあの老人施設に行くんだよね?」


「ああ、そのつもりだよ。僕たちは数年分のお米をコンテナにばっちり確保したからね。残った分をあのままライスセンターに放置しておいても、いずれはネズミに食い荒らされるか、カビて腐らせるだけだ。だったら、生きている人たちの施設に配って有効活用する方が、よっぽど正当な行為だろ?」


「そうだね。元々は私達の物ではないけれど、あのまま誰も使わずに無駄になっちゃうのはもったいないもんね。――所でマサキさん、施設の人に私達の関係を聞かれたらどうする? 一応、恋人同士っていう設定にしておく?」


「まぁ、聞かれたらそれでもいいけど、こちらから敢えて詳しく言う必要もないかな。それと、悪いけど奈穂は向こうの人とはあまり積極的に話さないで、僕の後ろに控えておいてほしい」


「うん、分かった。私は嘘を吐くのが苦手だから、マサキさんが全部お喋りしてくれた方が助かるよ」


「はは、嘘がつけなくて真っ直ぐなのが、奈穂の一番良いところだよ」

僕が笑って彼女の頭を軽く撫でると、奈穂は嬉しそうに目を細めた。


トラックを走らせること十数分、目的の医療老人施設「憩いの里」が見えてきた。施設は頑丈な高い塀に囲まれていて、平時なら入り口のゲートで外部からの侵入を完全にシャットアウトできるようになっていた。

しかし、現在はそのゲートがなぜか中途半端に開け放たれており、広々とした駐車場の敷地内には、十数体のゾンビが力なくウロウロと彷徨っているのが確認できた。


この数日間で、僕と奈穂はゾンビの処理や扱いにはすっかり慣れてきていた。万が一に備えて、今日も頑丈なライダースの革の上下を着用し、ヘルメットのシールドをきっちりと下ろしているため、噛まれるリスクは極めて低い。

これまでの戦闘経験から観察するに、ゾンビの筋力や移動速度は「生前の身体能力」に大きく比例しているようだった。体格の良い成人男性のゾンビはやはり力も強く動きも早くて厄介だが、この施設の駐車場を徘徊しているゾンビは、その大半が元が腰の曲がった老人たちのようで、動きが目に見えて遅く、力も弱そうだ。これなら全く恐れる必要はなさそうだった。


僕はゾンビたちを巻き込まないように器用に避けて正面玄関へと横付けした。車から降りると、防犯のためにガチガチにロックされているガラス製の自動ドアを、拳でドンドンと叩きながら中に呼びかけた。


「すいません! どなたか中におられませんか!? 僕は怪しい者ではありません! 周辺の生存者の方へ、お米とお水を無償で配っています!」


静まり返ったロビーに向けて何度か大声で叫んでいると、やがて自動ドアの向こう側の暗がりに、一人の男が警戒しながら姿を現した。その服装からして、施設の介護や給食などを担当している介護士のようで、白い制服を身にまとっていた。


「お静かにお願いします! あなたの大きな声に反応して、外の死体たちが集まって来てしまいますから」

男はガラス越しに焦ったように小声で指を立てた。


「これは失礼しました。僕は井上と申します。世界がこうなってしまってから、物資に困っている生存者の方々や、老人施設などにこうしてボランティアで物資を配って回っているんです」


「物資を配っている……? それはまた、この状況で随分と奇特な方がいたものだ。……あなたが配っているというのは、そのトラックの荷台にある物ですか?」


「はい。30kg入りの新鮮なお米が数袋と、ミネラルウォーターが1箱あります。そちらの施設では、食料は十分に足りていますか?」


「……恥ずかしながら、十分とは言えません。備蓄のレトルトも底を突きかけていましたから。幸いにもこの施設は屋上にソーラーパネルと大型の自家発電装置があるので、電気が止まった今でも炊飯器でお米を炊くことは可能です。頂けるのなら、本当にありがたく頂戴いたします」


「それなら良かったです。すぐに荷台から玄関まで運びますね」


「いえ、重い物ですし、それはこちらの人手で行います。ですが、その前に少しだけそこで待っていただけませんか? 責任者である施設長に話を通してきますので」


介護士の男はそう言うと、足早に奥へと消えていった。

しばらく玄関前で待っていると、自動ドアのロックが解除され、男女4、5人の介護スタッフを引き連れた、眼鏡を掛けた知的な美貌の女性が姿を現した。白い医師用の白衣を羽織っており、凛とした雰囲気を漂わせている。


「お待たせいたしました。わたくし、この施設『憩いの里』の責任者をしております、白崎と申します。この度は、大変貴重なお米とお水を私たちのために寄付して頂けるとのこと、誠にありがとうございます」


「はじめまして、井上です。いえ、僕は日頃からこうして老人の介護や医療に従事されている方々を、心からリスペクトしていましてね。この極限状態の中で、少しでも皆さんの役に立てれば嬉しいと思っただけです」


「まぁ……。お若いのに、本当にお優しい方なのですね」

白崎は僕の言葉に酷く感動したように、ホッとした笑みを浮かべた。

「あの、もしよろしければ、物資を運び込む間に、少しだけ最近の外の世界の詳しいお話を聞かせて頂けないかしら?」


「ええ、僕の知っている範囲で良ければ」


僕と奈穂は、スタッフたちが米袋をトラックから運び出すのを見届けながら、入り口のすぐ側にある、平時は家族との面会に使われていたであろう応接室のような部屋へと案内され、白崎と対面で話すことになった。

彼女の話によると、この「憩いの里」は、近くにある地域密着型の白心病院という大きな病院が経営している系列施設であり、責任者である白崎良子は、その病院の院長の娘なのだそうだ。そして、最初に僕たちの前に現れた介護士の男は、浜田と名乗った。


「僕たちも、ゾンビとの遭遇や無用なトラブルを避けるために、なるべく人混みのある市街地は避けてひっそりと行動していますから、世界の詳細な状況までは分かりません。しかし、主要な道路は放置された車で大渋滞していますし、一部では生き残った人間同士による、食料を巡る凄惨な略奪や殺し合いも始まっています。不用意に出歩くには、あまりにも危険な状況になってきていますね」


「なるほどね……。やはり大方の予想通り、外はアナーキーな状態になっているのね。――差し支えなければ、井上さん達は普段、どちらのエリアを拠点に住んでみえるの?」


拠点の場所を正直に言うべきかどうか一瞬迷ったが、ここで下手に嘘の住所を吐いて不信感を持たれるよりは、素直に話してしまった方が得策だと判断した。もし将来、僕たちの仲間が大きな怪我や病気をして、こちらの医療設備や彼女の知識にお世話になる時が来れば、どうせ生活圏の嘘は簡単にバレてしまうだろう。


「ここから少し離れた大通り沿いにある、一階にコンビニが入っている、あの大きなマンションです」


「あ、あの一階がコンビニのマンションね!」

白崎良子は手をポンと叩き、納得したように頷いた。

「ええ、知っているわ。私は仕事帰りに、何度もあのコンビニを利用したことが有るもの。……それに、井上さん。お顔をよく拝見したら、やっぱり貴方、あのコンビニの夜勤のシフトに入っていた店員さんよね? 見覚えが有るわ」


「はは、バレてしまいましたか。はい、そのマンションの1室に、信頼できる仲間たち数人と一緒に立てこもって生活しています。幸いに、僕がそのコンビニの店員をしていたおかげで、騒動が始まって略奪が横行するより前に、バックヤードから大量の物資を安全に確保することができたんです」


「やっぱりそうだったのね。素晴らしい判断力だわ」


彼女の説明によると、この施設は単なる老人ホームとは違い、母体の病院との連携があるため、開業医程度の基本的な医療設備や医薬品は一通り整っているらしい。そのため、医療処置が必要な重篤な高齢者から、リハビリ目的の老人まで幅広く受け入れているそうだ。

現在は、約50名ほどの入所者である老人たちと、彼らをケアする医師や看護師、介護職員を含めたスタッフが30人ほど、合計80人近い人間がこの施設に立てこもって共同生活を送っているらしい。


お互いに貴重な情報交換を終えた後、白崎良子は「本当に助かりました。お互いにこの地獄のような世界を生き抜くために、これからも頑張りましょうね」と言って、僕の手を両手でしっかりと握りしめて握手を交わした。

これで、いざという時のための「医療のパイプ」は、当初の彩香の作戦以上に完璧な形で構築できたことになる。


無事に任務を終え、トラックを元の場所に隠してからバイクに乗り換え、僕と奈穂はマンションの七階へと戻ってきた。

部屋に入ると、六階の向井遙香ちゃんがまた遊びに来ており、リビングで雪乃と楽しそうにお喋りをしていた。


「ただいま。――あれ? 冬子の姿が見えないな。部屋で本でも読んでるのか?」

リビングを見渡しながら僕が尋ねると、雪乃が少し困ったような顔をして振り返った。


「あ、マサキさん、お帰りなさい。お姉ちゃんならね、さっき遙香ちゃんの家に遊びに行っちゃったんだよ。最初は私も一緒に行ってたんだけど、お姉ちゃんが信彦くんとフィギュアの話をずっと熱心にしてて、私じゃ全然話についていけなくなったから、先に遙香ちゃんを連れてこっちに戻ってきたの」


「冬子が信彦の部屋に……? あいつ、口では何も出来ないオタクだって言ってたけど、どうにもあの母親も含めて雰囲気が不気味だからな……心配だ。雪乃たちは、いつ頃こっちに戻ってきたんだ?」


「ええと、だいたい1時間くらい前かな? ねぇ、遙香ちゃん、その位の時間だったよね?」


「う、うん……。だいたい、そのくらい……かな……っ」

雪乃に同意を求められた遙香ちゃんは、なぜか急に視線を泳がせ、下を向いて僕と目を合わせようとはしなかった。その様子には、明らかにおかしな違和感があった。


キッチンから彩香が冷たい飲み物を用意して運んできてくれたので、僕はソファに腰掛け、先ほどの「憩いの里」での白崎良子との面会や、医療パイプの確保に成功した顛末を彼女に詳しく説明した。


「ファーストコンタクトは成功ね、さすがマサキさんよ」


「信用できそうな施設長さんだったから、大まかにこちらの状況を話してしまったけどね」


「そうなのね、ん~、出来れば秘匿しておきたい所だけど、信用を得るには必要な事ね」


彩香が僕と同じように考えていてホッとした。


「施設長さんは、とても綺麗な女性なんですよ」


「まあ、お仲間になってくれると嬉しいのだけれど」


「出来ればそうしたと思っている、彼女は医者だから仲間になってくれれば心強い」


「期待しているわ、それと……悪いニュースもあるの」


彩香はそう言って、僕をベランダに連れ出した


「駅の方向に煙が立ち上っているのが見えるわよね?」


「うん見えるよ」


「説明するより、見ていただいたほうが早いわね」


彩香はそう言って双眼鏡を差し出す。僕は受け取って駅の方角に向けてレンズを覗き込んだ。


「なんてことだ……」


「百貨店に籠城していた人たちが襲われたのね、このマンションとは逆の方向だけれど暫くは外に出るのは危険ね」


「そうだな、万が一奴らと遭遇したら大変な事になりそうだ」


5階建ての百貨店の屋上や駐車場から煙が立ち上り、壁にはXXXと書かれていた。

奴らの残虐性を想うと憂鬱な気分になる 

そして、さらに僕の胸の奥で、どうにも嫌な予感というか、胸騒ぎがどんどん大きくなってきた。

1時間ほどが経過したが、六階に降りた冬子は一向に七階の部屋へと戻ってくる気配がないのだ。


※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です


あちらは、ラブシーンに少しづつ挿絵もいれていきます。

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