歪んだ家庭
挨拶を終えて僕たちが七階の部屋に戻ると、雪乃の友達である遙香も、母親の目を盗むようにして僕たちの後ろにトコトコと着いてきて、リビングで雪乃と仲良く楽しそうに話し込んでいた。
「ねぇ、ゆきのん……私、本当はもうあのお家に戻りたくないな。今日、ここに泊めてよ」
「えっ? 泊まるのは全然いいけど……でも、遙香ちゃんの分の布団が余ってないんだよね」
「あ、それならあたしはリビングのソファーでも寝られるから、二人が部屋で一緒に寝たらどうかな?」
奈穂が優しく提案した。
「そうだね、雪乃の親しいお友達なら僕としても全く問題ないよ。今夜はゆっくり泊まっていきなよ、遙香ちゃん」
「わぁ、嬉しい……! 私、本当にあそこの人たちが大嫌いなの……。お父さんのことは大好きなんだけど、仕事に出たっきり、もう何日も帰って来ないし……」
そう言えば、隣の若宮千里さんも「遙香ちゃんがよくうちの部屋に遊びに来ていた」と語っていた。年頃の女の子が家族、特に口うるさい母親や気味の悪い兄とうまくいかないというのは、崩壊前の世界でもよく聞くありふれた話だ。
(まぁ、そういう難しい多感な年頃なんだろうな……)
この時の僕は、彼女の家庭の闇の深さをまだ正確には理解しておらず、その程度の軽い認識でしか考えていなかった。
しかし、夕方になり、女の子たちがキッチンで賑やかに夕飯の準備をしていると、突如として七階の玄関ドアが激しく叩かれ、先ほどの遙香の母親が般若のような形相で現れた。
「――泊まるですって!? ふざけないで頂戴、そんなこと絶対にダメよ、許しませんわ! 当主である信彦さんの正式な許可も得ていないのに、この出来損ないの娘は何を勝手なことを言っているの!」
「お母さん……っ。私、あのお部屋にいるの、息が詰まって本当に嫌なの! お願いだから、今夜くらいゆきのんの家にいさせて!」
「ダメなものはダメよ! 今日もこれから、あなたには大切な勤めを果たして貰わなければならないのよ!? 遙香、あなたがこの地獄のような世界で、今もこうしてのうのうと生きていられるのが、一体誰のおかげか本当に分かっていますか!?」
「……っ。……はい。お兄ちゃんと、お母さんのおかげです……」
僕たちとしては、他人の家庭の口論をわざわざ盗み聞きをするつもりも無かったが、開いたドアから嫌でも聞こえて来たその悍ましい会話の内容から察するに、同じ我が子であるはずなのに、遙香と信彦に対する扱いには、常軌を逸した明らかな歪みが存在しているように見えた。
結局、遙香は母親の威圧的な命令に完全に怯え、逆らうことができずに、俯いたままトボトボと自分の部屋へと帰って行った。
親友を連れ去られた雪乃は非常に残念そうで、今にも泣き出しそうな顔をしていたが、こればかりはあくまで向井家の家庭内の問題であるため、現在の段階で部外者である僕たちがこれ以上強引に立ち入るべきではない。
夜になり、一日の汚れを落とすために順番にお風呂に入ったが、今日も案の定、僕が湯船に浸かっていると雪乃が当然のような顔をして浴室に乱入してきた。遥香の件で落ち込んでいたのにすっかり立ち直り彼女は嬉しそうに僕の身体に自身の豊かな肉体を押し付け、全身を泡だらけにして密着する、極上の泡踊りで僕の疲れをこれでもかと癒やしてくれた。
彼女の根っからの陽気なキャラは欠かせない存在に思えた。
今夜の夕飯は、午前中にライスセンターから調達してきたばかりの、炊きたての真っ白なお米を中心とした和風の料理だった。
一階のコンビニの冷蔵庫から回収しておいた卵がまだ新鮮な状態で残っていたため、冬子がそれを使って見事な茶わん蒸しを作ってくれた。さらに、魚の缶詰を甘辛くタレで再調理した物などが並び、非常時とは思えないほどに美味しかった。
岡田の酒棚から拝借した高級な日本酒を少しだけ嗜んだこともあり、僕の気分は最高に良くなっていた。
「――よし! 今日はローテーション的に、私がマサキさんと一緒にベッドで寝るね!」
夕飯の片付けが終わると、雪乃が真っ先に宣言した。
「ちょっと待ちなさい、雪。あなた、さっきお風呂の時にもマサキさんと一緒に入って、散々あやしいことをしていたじゃない」
「そうよ、雪乃ちゃん。今日はね、私がマサキさんと一緒に寝ようと思っているの。お隣の向井さんに対しても、私は彼の恋人だって公式に宣言してしまったから、一緒に寝るのが一番自然の流れだわ」
彩香がグラスを傾けながら大人の余裕で微笑む。
「……待ってください。恋人役は別にわたしがやったって良かったハズです。そもそも、マサキさんと命を懸けて外で行動を共にして、実質的なパートナーをやっているのはあたしなんですから、あたしにだって権利はあります」
奈穂も負けじと頬を膨らませて抗議した。その様子を、冬子が腕を組んで冷ややかな目で見つめていた。
「はい、そこまでーーーっ!! 全員、ちょっとまったーーーっ! ここは厳格かつ公平にルールに則って決めましょう。……雪、あなたは直近で、最後にマサキさんといつシましたか? 正直に答えなさい」
「ん? さっきお風呂の中で、泡まみれになりながら激しく……」
「はい、一発アウト。贅沢すぎます。――では次、彩香さんは?」
「私は昨夜、彼の腕の中で朝まで一緒に寝たわ。……でも、行為自体は一回だけよ?」
「ダメです。それもアウトです。……みなさん勘違いしないでください、わたしは別に、自分がマサキさんとエッチなことをして寝たいからこんなに必死になって言っている訳では断じて無いのです。客観的に見て、明らかに雪と彩香さんの二人が特権を乱用して多すぎるから、ハーレムの秩序のために公平にローテーションを回すべきだと思っているだけです。だって、あまりにも不公平じゃないですか。現時点で、わたしと奈穂さんは、まだ一度しかマサキさんと結ばれていないのですよ!?」
「あ……ごめん、冬子ちゃん。実はわたし……午前中と午後にマサキさんにシてもらっちゃいました……♪」
「ちょっと!! あんた達、外で一体全体なにを破廉恥なことをやってくれてんのよ! 人の生き死にを掛けた生存競争の裏で、まったく真面目にやって頂戴!」
冬子が顔を真っ赤にして憤慨する。
「まぁまぁ、冬子、そんなに怒るなよ。奈穂との一件はハプニングのようなものだけど、お米の調達という最大の成果はきっちり上げたろ? ――よし、分かった。それなら今夜は、文句なしで冬子、君と一緒に寝ることにしよう。それでいいのかな?」
「ですから……っ、何度も言いますように、わたしは、自分がどうしてもマサキさんと寝たいが為にこんな主張をしていた訳では……断じて…………。……いいんですか?それなら喜んで。よろしく。お願いします……」
「ファハッハッハ!」
「もう、冬子さん本当に可愛いんだから!」
リビングにいた全員が、冬子の分かりやすすぎるツンデレな様子に、お腹を抱えて大爆笑した。
ただ、僕が今夜、冬子と一緒に寝ることを選んだのには、単なる性欲のローテーション以外にも、もう一つの明確な深い理由があった。
彼女は、あのストーカーに襲われた凄惨な夜以来、まともに眠れていない。みんながそれぞれの役割で大変な思いをしているが、彼女はその中でも唯一、「自分の手で直接、人間を殺害している」のだ。
その心の傷や精神状態がどうなっているのか、二人きりの静かな空間で、彼女の本心をじっくりと確かめたかった。
※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です
あちらは、ラブシーンに少しづつ挿絵もいれてます。




