米確保
彩香の事前に立てた予測では、物資を求める一般の生存者たちは、まずは目につきやすい大型スーパーやショッピングモールに一斉に押し掛けているはずだった。
また、電気が止まって間もない今の段階では、調理に火や水を要する「生米」を最優先で求める者はまだ少ない。そのため、市街地から少し離れた農業組合の備蓄倉庫へ向かえば、誰にも邪魔されずにお米を手に入れるのは決して難しくないと説明されていた。
(確かに、彼女のあのロジカルな読みは完全に正しいな)
橋を渡りきると、周囲には一面にのどかな田んぼの景色が広がってきた。未舗装の農道をバイクでしばらく進んでいくと、やがて目的の『ライスセンター』と書かれた大きな看板が見えてきた。
「あれだな。奈穂、少し手前でバイクを停めてくれ」
指示を出して約30メートルほど手前の物陰に停車しバイクから降りた。施設は一応金網のフェンスで囲まれてはいたものの、肝心の入り口はただのロープが張られているだけだった。
平時の日本においては食べ物には不自由をしないため、重量があって運搬が面倒な米をわざわざ盗むような不届き者は想定していなかったのだろう。倉庫の頑丈な鉄扉の入り口も、簡易的な南京錠が一つかけられているだけだった。
足元から手頃な大きさの石を拾い上げ、南京錠の噛み合わせ部分を何度か力任せに叩きつけると、ガチンと軽い音を立てて簡単に錠前を取り除く事ができた。
重い鉄の扉を左右に開け放つと、ひんやりとした倉庫の中には、木製のパレットの上に30kg入りの米袋が山のように、天井近くまで整然と積まれていた。
さらに好都合なことに、倉庫の奥には稼働可能なフォークリフトと小型の2トントラックがそのまま放置されていた。簡易的な事務所に入ると、壁のキーボックスにその車両のキーもすべて掛けられていた。
これでお米の絶対的な確保を確信した僕は、次の行動へと移る事にした。
「よし、米の場所はバッチリだ。奈穂、一度マンションの近くまで戻ろう」
「例のコンテナ倉庫ですね」
実は、このライスセンターへ出発する直前、僕たちはベランダに出て彩香から双眼鏡を渡され話を聞いた。
『マサキさん、あそこの大通り沿いに、オレンジ色のコンテナが並んだ“レンタル倉庫”が見えるでしょう? 私たちが集めた大量のお米は、マンションの中ではなく、まずはあそこに隠して保管したいと思っているの』
『あそこか。ここからなら距離も近いし、鉄製で頑丈そうだから保管場所としては願ってもないけど……鍵はどうするんだい?』
『よく双眼鏡で観察してみて。入り口に“空き有り、即入居可”の看板が出ているわ。そして同じ敷地内に、管理人用の小さなプレハブ事務所があるの。恐らくあの中に、現在空いているコンテナの南京錠の鍵がまとめて保管されているはずよ』
実際に現地へ行ってみると、まさに彩香の考えた通りの状況だった。
平時において、中に何も入っていない空っぽの倉庫をわざわざ狙う泥棒などいないため、鍵の管理に対する警戒レベルは極めて低い。管理会社としても、急な現地の問い合わせや内見にすぐ対応できるよう、コンテナのすぐ近くに鍵を置いておくのが常識なのだ。
無人のプレハブ事務所のドアは、僕が思い切り足蹴りを食らわせると、バキッとラッチが壊れて簡単に中へ侵入できた。壁のボードには、丁寧にコンテナの番号が書かれたフックに、それぞれの鍵が掛けられていた。
念のため、現在空室になっている「2つの大きなコンテナ」の扉を開けて中が空であることを確かめてから、僕たちは再びバイクに乗ってライスセンターへと戻った。
パレットに積まれていた米袋をフォークリフトを運転してトラックの荷台へと次々に積み込んでいく。上から防水のグリーンのシートをかけ、ロープを頑丈に結びつける。元々が米の運搬を目的とした施設と車両なので、作業はすこぶる手際よく進んだ。
トラックからコンテナへと米袋をピストン輸送して運び入れる作業は肉体的にかなり過酷だったが、人並み外れた体力を誇る奈穂が文句ひとつ言わずに大活躍してくれたため、驚くほど手早く済ませることができた。2往復する頃には、巨大なコンテナが半分ほど米袋で埋め尽くされた。
トラックをマンションの前に堂々と停めておくと目立つため、駐車場には戻さず、あらかじめ調べておいた少し離れた場所にある別の月極駐車場へとトラックを隠しておいた。
ただ、一つ気になることがあった。
僕たちのマンションには、間取りや住人の層からして高級な自家用車を所有しているような人は少ないはずなのだ。それなのに、マンションの駐車場には、何台もの不釣り合いな車が整然と停まっているのが少し疑問だった。
帰り際、改めてその駐車場をそれとなく観察してみたが、どれもこれも一目で高級と分かるような、外車や大型のセダンばかりだった。
「お疲れ様、奈緒。君が手伝ってくれたから、驚くほど早く作業が終わったよ」
「お疲れ様です、マサキさん。……このまま、一度マンションに帰りますか?」
「どうしようか。そう言えば、君は以前からよくバイクに乗っていたそうだけど、あの幹線道路を進むと何があるか知っているかい?」
「はい。確か田園地帯を抜けると道が分岐していて、一方は高速道路のインターチェンジに向かいます。もう一方を真っ直ぐ進むと、右手の高台に大きな総合公園があって、さらにその先には小規模なショッピングモールがありますね」
「ショッピングモールか。そこなら、まだ手つかずの物資が眠っているかもしれないな。まだ少し日没まで時間もあるし、下見を兼ねて偵察に行ってみよう」
「はい、お供します!」
僕たちは岡田のメルセデスに乗り換え、幹線道路を真っ直ぐ進んでショッピングモールを目指した。
「凄い高級車ですね……。うわぁ、後ろの座席がフラットなベッドシートになってる」
「いい車だろう? この車も、今使っている七階の部屋も、元々は同じオーナーのものだったんだ。ただ、その人はもう亡くなってしまってね。だから有効活用させてもらっているんだよ」
「……亡くなってしまったのなら、生きている私たちが使って当然ですよね。あ、マサキさん、あの公園にも寄るんですか?」
幹線道路を走り、橋を渡って田園地帯を抜けると、先ほど奈緒が言っていた総合公園の看板が見えてきた。僕はハンドルを左に切り、高台にある公園の駐車場へと車を乗り入れた。
この公園は小高い丘の上にあり、駐車場からは周囲の街並みや田園風景が一望できる。夜になれば、さぞかし綺麗な夜景が見えるに違いない場所だった。
「周囲にゾンビの姿はなさそうだ。少し車を降りて、景色でも眺めようか」
「やった! なんだか、デートみたいで嬉しいです!」
奈緒は車から降りると、嬉しそうに走り出し、展望フェンスの間近で景色を眺めていた。
私は彼女に背を向け、何食わぬ顔で後部座席のスライドドアを開けた。そして、車載冷蔵庫からあの岡田の媚薬を取り出し、自身の肉棒へと少量だけ塗り付けた。
彩香や雪乃は、元々私に対して明確な好意を抱いてくれていた。身体を重ね、この地獄のような終末を共に乗り越えることで、その信頼関係はより強固なものになったという実感がある。冬子とも、あの凄惨な「殺人」という共犯関係を経て、切っても切れない強い繋がりができた。
だが、奈緒だけは違う。彼女の合意を得る前に、半ば強引に媚薬の快楽によってその身を縛り、僕を特別な存在だと思い込ませて仲間に引き入れたのだ。何かの拍子に、それを知り僕の元から消えてしまうのではないか――そんな不安が常に私の胸を過っていた。
(だから、とにかく今は。彼女が僕から決して離れられなくなるほどの快楽と、二人だけの背徳的な情事を重ね続けなければならない)
しばらくの間、奈緒の隣に立ち、沈みゆく夕日を眺めていた。そっと彼女の肩を抱き寄せると、奈緒は愛おしそうに身体を預けてきた。自然な流れで唇を重ねる。
「さっきの……橋の上での続きを、したくないかい?」
「あはは……やっぱり、そのつもりだったんですね。立派なベッドシートもありますもんね」
「……したくはないのか?」
「もう、またそうやって意地悪な質問をして、私に恥ずかしいことを言わせる気ですね。……分かりました、言います。してください。この前の時みたいに、もっと激しく、私をめちゃくちゃにしてください」
「よし。君は本当にいい子だ。車に入ろう」
※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です




