表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/91

若宮千里

朝食を済ませた後、僕は冬子に促されて仕事部屋へと向かい、電力が落ちる直前までの『六階の防犯カメラの録画映像』を確認させてもらった。

時間の制約もあったため、まずは標的である六階の映像をピンポイントで再生する。

画面に映し出された六階の廊下には、幸いにもゾンビの姿は一切確認できなかった。カメラが捉えていたのは、601号室から不安そうに外の様子を窺う若宮千里の姿。そしてもう一つ、お隣の602号室から慌ただしく出てきた「二人の女性」の姿だった。一人は40代前後と思われる上品な主婦風の女性。そしてもう一人は、制服を着た高校生くらいの少女だった。


画面に映るその女子高生の顔を見て、僕の記憶の引き出しが微かに動いた。確か……彼女はコンビニのレジで、雪乃と親しげに話していたはずだ。リビングから雪乃を呼び寄せ、画面を確認してもらった。


「あ! 遙香はるかちゃんだ! このマンションのどこかに住んでるって話は聞いてたけど、602号室だったんだね」

雪乃が画面を指差して声を上げる。やはり、コンビニの常連であり、雪乃の学校の友人だった。


「確か、遙香ちゃんの家って……お父さんとお母さん、それとお兄ちゃんが一人いるって言ってたような気がするな」


冬子にお願いして、騒動が始まった当日の朝の映像をさらに巻き戻して確認してもらう。父親らしきスーツ姿の男性が、まだ街がパニックになる前に出勤していく姿は確認できたが、最後まで「お兄ちゃん」と思われる若い男の姿は画面に映ることはなかった。

その兄という人物は、騒動が起きるよりもずっと前から外に出ていたか、あるいは現在に至るまで「一歩も部屋から出ていない」かのどちらかだろう。

映像の中の三人の女性(千里、遙香、その母親)は、一度部屋を出て階段の下へと向かったものの、外の凄惨な阿鼻叫喚を目の当たりにしたのか、すぐに顔を真っ青にして慌てた様子で引き返してきて、それぞれの部屋へと鍵を閉めて閉じ籠っていった。


「よし、状況は大体分かった。奈穂、出発する前に、僕はまず『601号室の若宮さん』のところへ挨拶に行ってくる。少し時間がかかるかもしれないから、君は下でバイクの整備と出発の準備を進めておいてくれ」


「了解! バッチリ仕上げて待ってるね、マサキさん!」


六階へ降りるにあたり、床の防火扉のハッチを開けて階段から降りることも出来たが、今回は侵入経路の安全性をカモフラージュするため、以前と同様にベランダからロープを使って静かに六階のベランダへと懸垂降下した。


――コンコン。

若宮千里の部屋のガラス戸を、控えめに指の背で叩いた。しかし、中からの返答は一切無い。ガラス戸もしっかりと施錠されており、外から開けることは不可能だった。今回は命がけの緊急事態ではないため、手荒にガラスを割るような真似はしない。


――コンコン、コン。

もう一度、少しだけ音を大きくして叩いてみる。これで返事がなければ一度七階へ戻ろう、そう考えた瞬間、分厚いカーテンが内側からビクリと揺れ、恐る恐る鍵が外される音が響いた。


「……あ、ごめんなさい、井上さん……っ!」


カーテンの隙間から顔を出したのは、顔色を失った若宮千里だった。

「こんにちは、若宮さん。随分と用心されていますね。素晴らしい心がけですよ」


「はい……。実は、昨日から下の方で、何か車が激突したような凄い音や火の手が上がっていて……。もしかして、コンビニに強盗か何かが押し入ったんじゃないかって、もう怖くて怖くてたまらなかったんです……。どうぞ、そんなところにいないで、中に入ってください」


彼女に促されるまま、僕は窓を跨いで部屋の中へと足を踏み入れた。細い肩を震わせながら僕の前を歩く千里の腕を、僕は後ろからそっと掴んで手元へと引き寄せた。

不意の引っ張る力に抗えず、千里の小柄な身体が、僕の胸の中へと綺麗に飛び込んでくる。


「あっ……! 井上さん、一体何を……っ」


「可哀想に。こんな地獄のような世界で、一人きりでずっと怯えていたんだね。本当に不安だったんだろう」


彼女の豊かな身体を優しく抱き寄せ、その艶やかな髪を、そっと撫でてあげた。


「だ、ダメですわ……。わたし、こう見えても人妻なんですから……」


「分かっているよ。だけど、こんな狂った世界になってしまったんだ。若宮さんだって、たまにはこうして誰かの体温に寄り添って、心を預けないと、恐怖で精神が潰れてしまう。今この瞬間だけは、仕事に出て連絡すら取れない旦那さんのことは、全部忘れて僕に甘えればいい」


「うっ……ううっ。……ありがとうございます。じゃあ、少しだけ……少しだけ、このままでいさせてください……」


千里は僕の胸に顔を埋め、子供のように小さな手を僕の背中に回してきた。しばらくの間、僕たちは静かに抱き合っていた。

彼女の抱き心地は、想像以上に素晴らしかった。女の子たちの誰よりも柔らかく、包容力に満ちており、まさに成熟した大人の女性としての極上の肉、魅力に溢れていた。


「……千里さん、少し聞いて欲しい大切な話があるんだ。実は昨日から、僕たちはこのマンションの最上階、七階に移り住むことにしたんだ」


「えっ……? 僕たち……? 井上さん、あなたの他にも、誰かあのお部屋にお見えになるのですか?もしかして店長さんですか?」


「店長とは違うよ、僕を含めて、他に女の子が4人います」


「そうなのね……。ふふ、女の子が4人ですか……あなたのような優しい方に保護されているなら、きっと皆さん良い人たちなのでしょうね」


千里は僕の腕の中でようやく落ち着きを取り戻したようで、僕たちは身体を離し、リビングのソファーに向かい合って腰掛けた。


「外の世界は、もう言葉では言い表せないほど酷い状況になっています。ゾンビが溢れ返り、生きている人間同士も食料を求めて凄惨な略奪や殺し合いを始めています。この世界で生き抜くためには、本当に信頼できる仲間を見つけ、協力し合っていく必要があるんです」


「……本当におっしゃる通りですわね。わたし一人では、もう何一つ出来そうにありませんもの」


「ただ、人間の『信頼』なんていうものは、一朝一夕で簡単に得られるものではありません。ですが……男と女の間であれば、その距離を一瞬で縮める特別な方法があります」


僕の言葉に、千里は小首を傾げた。

「それは……お互いを想い合う『愛』、でしょうか……?」


「惜しいけれど……少し違います。愛は時間をかけてゆっくりと育むもので、今の僕たちにはそんな猶予はない。もっと即効性のあるものです」


「それでは一体、何でしょうか……?」


「『セックス』です。男と女は、互いの全裸を晒し、身体を一番深いところで重ね合わせることで、言葉以上に深くお互いの本質を知ることができます。実は、今七階にいる仲間の女性全員が、僕とセックスをすることで固い絆で繋がっています」


僕が一切の衒いもなく言い放つと、千里は一瞬絶句したものの、すぐに口元を抑えてクスクスと上品に笑い始めた。

「……ウフフ。井上さんは、普段の物静かな見掛けによらず、随分と野性的で逞しい方なのね」


「幸いなことに、僕のセックスにはみんな心から満足して、僕をリーダーとして付いてきてくれています。――だから千里さんには嘘をつきたくないから正直に言います。僕は、あなたともセックスをして、身体の繋がりを持ちたいと思っています。もちろん、あなたの意思を無視して無理矢理に襲うような真似は絶対にしません」


「私とせっくすを……そ、そんな、私なんて……しつこいようですけど人妻ですし……それに、やっぱり主人への義理もありますから……っ」


「分かっていますよ。ただ、あなたを仲間として迎えるにあたって、僕の実態と本心を隠しておきたくなかっただけです。これが僕という人間です」


「井上さんは、本当に真っ直ぐで男らしい人ね。あなたの後ろを付いていく女性たちの気持ちが、何だか少しだけ分かったような気がしますわ」


千里は耳たぶまで真っ赤に染めながら、太ももの上でソワソワと手を動かし、明らかに落ち着かない様子を見せていた。大人の女性が僕の言葉にここまで動揺している姿は、すこぶる唆るものがある。


「僕はこれから定期的に、命を懸けて外へ物資の調達に出かけます。もし千里さんの方で、どうしても必要な生活物資や欲しいものがあれば、何でも僕に教えてください。それを運んできたからといって、対価としてあなたの身体を要求するような卑劣な真似はしませんから、そこは安心してくださいね」


「はい。……その時は、お言葉に甘えてお願いしてしまうかもしれません」


「それと、話は変わるんですが、お隣の602号室の住人について、何か少しでも知っていることがあれば聞かせてもらえませんか? どんな方が住んでいるんでしょう」


「あぁ、向井さんのお宅のことですね。確か数年前に、大きな震災に遭われたそうで、命からがら家族全員でこの街に引っ越して来られたんです。旦那様のことはお仕事が忙しいのかよく存じ上げないのですが、奥様はとても真面目な方よ。ただ、震災の時のトラウマがあるせいで、精神的にかなり神経質になられているの。日頃からそれこそ過剰なほどに、自宅に何年分もの防災備蓄を溜め込んで備えてらしたから……今回のこの騒動でも、恐らく確実に家族で生存されていると思いますよ」


「なるほど、それは心強い。かなりの備蓄があるわけだ。お子さんは確か、二人いるんですよね?」


「ええ、お兄さんと妹さんがいらっしゃいます。妹の遙香ちゃんとは私も年齢は離れていますが気が合うので、騒動の前はよくウチにもお喋りしに遊びに来てくれていたのよ。ただ、お兄ちゃんの方が……確か、誰もが知るような一流大学を優秀な成績で卒業されたらしいのだけど、最初の就職先がどうしても肌に合わなかったみたいで……。それ以来、ずっと自宅の自室に閉じ籠りきりで……いわゆる『引きこもり』という状態になってしまわれているの」


「なるほど。そうなると、現在は旦那さんを除いた、奥さんと遙香ちゃん、そして引きこもりのお兄さんの『三人』で部屋に生存している可能性が高いですね」


「恐らくは……。でも、奥様はとにかくプライドが高くて気難しい方ですから、井上さんたちのような外部の人間を、素直に受け入れてくれるかどうかは、ちょっと分からないわ……」


「分かりました。非常に貴重な情報をありがとうございます。千里さん、今日はこれから外に出なければならないので、これで失礼しますね」


「えっ……? もう、行ってしまわれるのね……」


僕が立ち上がると、千里の瞳に分かりやすい寂寥の色が浮かんだ。

「ええ。ですが、またすぐに物資を持って会いに来ます。その時、またお部屋にお邪魔してもいいですか?」


「はい。……いつでも、あなたの事をお待ちしていますわ、井上さん」


千里さんとは、今すぐ強引に深い関係を結ばずとも、まずは信頼できる良き隣人として、非常に良好な関係を築いていけそうな確信が得られた。

僕は彼女の潤んだ瞳に満足感を覚えながら、静かに部屋を後にした。

※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ