送迎
一足先に僕が車へ戻ると、待っていた奈緒が尋ねてきた。
「陽葵さんも、あのマンションに……?」
「いや、少し考えたいみたいでね。とりあえずは白心病院へ身を寄せると言っていたよ」
「そうですか。でも、信頼できる方が増えて本当に良かったですね」
どんな状況であっても物事を前向きに捉える奈緒の明るさは、いつも僕の心を優しく解きほぐしてくれる。
荷物をまとめた陽葵を車に乗せ、憩いの里へ戻った。佐伯署長に彼女が白心病院への避難を希望している旨を伝えると、必要な手続きの書類を用意するから、少し待っていてほしい、と言われた。
それと良子から僕が戻ったら顔を見せるようにと伝言を頼まれていると言った。
書類ができるまでの間に良子にも報告がてら3階へ上がると、治療室には良子と浜田が二人並んでいた。
「マサキさん、どうされたのですか?」
「近藤さんは病院で過ごすことになったから、一応伝えておこうと思ってね。それと僕に用事かな?」
本当は良子にも、陽葵が仲間になりそうだと明かしたかったのだが、浜田が同席していたため、あくまで警察向けの報告通りの内容にとどめておいた。
「そうなのですね、それは良かったわ。……お父様から伝言を預かっておりまして。明日、明光医科学研究所の所長が白心病院に来てくださるそうです。マサキさんと……レポートの立案者である女性……冬子ちゃんですよね? 一緒に同席してほしいと言付けられていますよ」
(さすが白崎院長、手配が早いな……!)
「私もあのレポートを拝見しましたが、素人が書いたとは思えないほど非常に説得力のあるものでした。ですから明日は、私も同席させていただくつもりです。それに……明智先生は少々問題のある方ですので……見張りの意味も兼ねてですね」
「らしいですね。以前、何か大きなスキャンダルを起こしたと聞きました」
「ええ、女性絡みのことです。あの方は……かなり年下の、未成年の女性がお好きなようでして……」
なるほど、そういう類のスキャンダルだったのかと納得がいった。崩壊前の社会において、未成年に対する倫理規定や性加害への世間の目は年々厳しくなっていた。特に社会的な地位がある人物であれば、一度発覚すれば格好の標的にされたであろうことは容易に想像できた。
「良子、そろそろ時間じゃないのか?」
それまで黙って僕たちの会話を聞いていた浜田が、割り込むように静かに口を開いた。
「そうですわね。それではマサキさん、私はこれから少々所用がございますので、これで失礼しますね」
良子はどこかすがすがしい表情でそう告げた。
「そう言えば良子……例の治療、頑張ってね」
「はい! ありがとうございます」
浜田と二人きりで行動していることにどこか胸騒ぎのような不安を覚えたものの、当の良子自身は何のわだかまりもない様子だったので、彼女なりにうまく消化できているのだろうと僕は思っていた。
良子と別れて1階へ降りると、すでに陽葵の書類が完成していたので、そのまま白心病院へと向かった。少し遅くなってしまったが、これから雪乃や咲愛たちの送迎もしなければならない。
病院に到着すると、奈緒には雪乃たちの迎えを頼み、僕は陽葵に付き添って入院・居住の手続きを進めた。
荷物を持って案内されたのは、4人部屋の病室だった。
部屋にはすでに年配の女性が2人入居しており、陽葵は愛想よく丁寧に挨拶を交わしていた。
「それじゃ、今日はみんなの送迎もあるから、僕はこれで帰るね」
「はい、今日は本当にありがとうございました! ……それと、またこちらに来られた時は、顔を見せてくれると嬉しいです」
「もちろん、また会いに来るよ」
陽葵は愛嬌も良く人懐っこい性格をしているので、これなら病院の環境にもすぐに馴染めそうだ。
車に戻ると、意外なことに雪乃たちはまだ到着していなかった。
しばらく車内で待っていると、奈緒が雪乃、咲愛、そして千鶴の3人を連れてやってきて、車に乗り込んできた。
「随分と遅かったね」
僕は車を発進させながら、バックミラー越しに声をかけた。
「えっとですね……雪乃ちゃんが補習を受けていまして」
「こんな時間まで?」
「ちょっと聞いてよマサキさん! まじでスケシマの奴が最悪でさ。終わるまで絶対帰さん!とか言い出して……奈緒ちゃんが来てくれたから、何とか解放された感じなんだよ?」
「あの男か……。それは、雪乃が赤点か何かを取ったからかい?」
「うん……まあ、私が勉強をサボってたのが悪いんだけどさ。だけど、追試はギリギリ合格行けたと思ってたのになぁ……」
「それなら仕方ないか……。明日も補習なのかい?」
「たぶん、そうなるかも。あんまり遅くなるようなら、遙香の部屋に泊めてもらおうかな」
「遙香ちゃんは元気になった?」
「うん、普段は前と変わらない様子だよ。だけど……やっぱり無理してるんだろうな。そういうのもあるから、一度ゆっくり話を聞いてあげたいんだよね」
遙香の父親と兄は、僕と冬子が手にかけた。悪いのは彼らの方だと遙香だって理解しているはずだが、精神的なショックや傷が浅いわけがない。
「それとですね……咲愛ちゃんの件で、学校の先生からお話がありまして」
「えっ? 咲愛が何かやったのか?」
「悪いことはしてないよー。授業や勉強が退屈だから、抜け出してただけだもん」
「……ということらしいです」
咲愛がケロッと答えると、奈緒は弱り切った様子でそう付け加えた。頭の回転がずば抜けて速い咲愛に対して、奈緒も強く意見するのは苦手なようだ。
「咲愛のことだから、成績自体は良いんだろう?」
「うん! 学年一番だよ」
咲愛はずば抜けて物覚えが良い。暗記が主流の小学生レベルの学習なら、教科書を一通り読むだけで全て頭に入ってしまうのだろう。
「そっか……どうしようかな。咲愛は学校へ行く意味があまりなさそうだからマンションにいてもいいけど、千鶴ちゃんは学校での学びや友達との付き合いが必要だからな……」
「分かってるよ。千鶴が心配だからいくよ。大丈夫、次は先生に怒られないようにうまくやるから」
そう言って咲愛はニッと不敵に笑った。何か考えがあるのだろう。子どもとは言え、咲愛の頭脳なら下手に心配する必要はないはずだ。
「私も学校行くのやめようかな」
話を聞いていた雪乃が呟く
「冬子に勉強を教えてもらったらどうだ?」
「お姉ちゃんは教えるのが下手なんだよね……。それよりさ、スケシマの奴、何かと私に絡んでくるんだよね。私のこと好きなのかな?ってくらい」
「確かに、今朝の彼の執拗な態度も尋常ではなかったな。あまりに酷いようなら、白崎院長に直接言って注意してもらう必要があるかもな」
「そういえばスケシマの奴、白崎院長の名前を出されたらビビってたよね。……ふふん、私も良いこと考えちゃった!」
「良いこと?」
「秘密! 私も自分で何とかするから大丈夫だよ。マサキさんは忙しいんだから、余計な負担はかけたくないしね!」
咲愛も雪乃も自分で何とかすると言うが、どちらかと言えば、感情で動きがちな雪乃のほうに一抹の不安を感じる僕だった。




