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冬子

 先のことを考えると、どうしても暗い気持ちになる。しかし、それが現在の過酷な現実である以上、目を背けずに受け止めていかなければならない。

これからのサバイバルプランについて思考を巡らせていると、先ほど彩香から渡されたあの封筒のことが頭をよぎった。彼女は確か、「私なりの予測をまとめたレポート」だと言っていたはずだ。僕はポケットから四つ折りにされた紙を取り出し、その内容に目を通した。


そこに書かれていたのは、数日、10日、1ヶ月、そして年単位でこの状況が改善しなかった場合の、あまりにも冷徹で具体的なシミュレーションだった。

家族構成別の備蓄量に応じた生存日数や、時間の経過に伴う人々の精神的崩壊、それに伴うコミュニティの暴徒化などが、恐ろしい精度で予測されている。


僕も漠然と考えてはいたが、こうして精緻なレポートとして視覚化されると、現実味が跳ね上がり、背筋に冷たい危機感が走った。


「井上さん……顔色が悪いですよ。その紙には、一体何が書かれているのですか?」


「これはね……マンションの黒木彩香さんが、今後の世界の予測をまとめてくれたものなんだけど……」


「……見せてもらってもいいですか?」


手渡された紙を、冬子は眉間に皺を寄せながら食い入るように読み進めていった。沈黙ののち、彼女はぽつりと呟いた。


「――素晴らしいですね」


「へっ?」


この世の終わりが書かれた内容を見て、開口一番に「素晴らしい」と評した彼女の感性に驚き、間抜けた声が出てしまった。


「いえ、このレポートのクオリティのことです。非常に理路整然としていて、圧倒的な説得力がある。……井上さん、2ページ目は見られましたか?」


「いや、まだそこまでは見ていないよ」


「この方を立案者とする計画では、どうやらそのマンションを完全に封鎖し、要塞化して立て籠もるつもりのようです。そしてその構成員は――【男性1人に対し、女性が5〜10人】。かつ、その全員が井上さん、あなたと『深い身体の関係』を持つことを前提とすると書かれています」


「そ、そんなことまで書いてあったのか……。いや、大枠は本人から聞いているよ。男を複数入れると必ず主導権争いで内紛が起きるから、信頼のくさびとしてリーダーは1人がいい、と彼女は言っていたね」


「うーーん……」


「どうしたの、お姉ちゃん?」


冬子はレポートと僕の顔を何度も見比べながら、腕を組んで深く唸り、思考の海に沈んでいた。


「まだ、肝心の外部データが足りませんが……もし本当に国やインフラの機能がこのまま改善しなかった場合、この生存パターンを否定することは極めて困難です。先の先を見据えてすぐに行動に移さなければ、タイムアウトで全滅しますね。遅れれば恐らく、私たちは生き残れません」


メガネの奥の瞳を鋭く光らせ、冬子は淡々と分析を続ける。


「この予測には、いずれ各所で大型の生存者コミュニティが形成されることも記述されています。ですが、文明や秩序の失われた力社会では、肉体的に優位な男が絶対的な権力を握る。女は、よほど強い男の唯一無二の伴侶にでもならなければ、防衛力と引き換えに不特定多数の男たちの所有物として消費される未来が待っています。恐らくこれを書いた女性は、そんな惨めな奴隷に落ちるくらいなら、気心の知れた井上さんを中心に『選ばれた身内だけの楽園ハーレム』を形成する方が遥かに合理的だと判断したのでしょう。……私、この女性に会ってみたいです」


「ちょっと、お姉ちゃん話が長すぎるよ! 難しくて訳が分からない!」


雪乃が頭を抱えて抗議するが、冬子の言葉は僕の胸に深く突き刺さっていた。

(まずは、あのマンションの完全な確保(エリア制圧)を進めないといけないな……)

あのマンションには、まだ数人の生存者が残っているはずだ。しかし彩香の予測通りなら、数日のうちに備蓄が尽きて飢餓状態に陥る。外の世界でも、飢えた生存者による略奪が激化するという予測はおそらく間違いない。

何よりもまず、安全な『住』と『食』の絶対的な確保を最優先に動くべきだ。


「雪乃。君はいつでも移動できるように、今のうちに部屋の荷物をまとめておいてほしい」


「はい! 井上さんはどうするんですか?」


「僕はゾンビへの防衛策の準備と、外で効率よく食料を確保できる場所を調べてくる。まだ本格的な略奪は起きていないはずだから、今ならまだ何とかなる」


「わかりました。……本当に気をつけてくださいね?」


雪乃は心配そうに僕を見つめながらも、素直に頷いて自室へと向かった。僕もすぐに外へ出ようと立ち上がったが、背後から冬子の鋭い声に呼び止められた。


「待ってください。闇雲に動いても時間を無駄にするだけです。まずは私に、その『ゾンビ』とやらの特性、そして井上さん自身のスペックについて教えていただけませんか?」


「……そうだね。何でも聞いてくれ。答えられる範囲で全部話すよ」


そこからの冬子は凄まじかった。感情を一切排した淡々とした口調で、まるでパソコンにデータを高速入力していくかのように、僕からの情報を瞬時に整理していく。


「――なるほど。まず仮定ですが、あの動く死体は毒性の強い未知のウイルスによるものと考えられますね。対象を死に至らしめ、脳の基本機能だけを乗っ取って爆発的に増殖する。感染経路は空気感染ではなく、濃厚な接触感染……それも、噛みつきによる唾液感染が濃厚です。知能は著しく低下しており、視覚と音だけで獲物を認識して襲いかかる。武器は使わず、野獣のように噛みついてくるだけ」


「ああ、まさにそんな感じだ」


「であれば、こちらの防衛装備の方向性が見えます。ゾンビの牙が通らない素材――耐久性の高い革製のライダースーツや、修理工などが着用する分厚い綿の繋ぎ(ツナギ)の作業着が最も適しています。今後の機動力を考えると、機回しが利いて小回りが利くバイクの入手は最優先ですね」


「なるほど……! それなら近くのバイクショップで、車両と革ツナギを同時に手に入れるのが良さそうだね」


「ええ。ワークショップで分厚い防刃性の作業着やロープを確保するのも有効ですが……それよりも、近隣にある【運送会社の営業所】を狙うのはどうでしょうか?」


「運送屋? そこで何を手に入れるの?」


「トラック用の頑丈な固定ロープや工具類は無造作に荷台に放置されている可能性が高いですし、何より、配送予定だった飲料水や保存食が倉庫に大量に眠っている可能性があります」


「おおお……! 冬子さん、君は本当に凄いな!!」


その見事な着眼点と現実的な考察力にひどく感激し、僕は思わず彼女の両手をガシッと握りしめていた。


「あんっ……! て、手、手を握られるの、は……っ!」


冬子は一瞬で耳の裏まで真っ赤にし、蚊の鳴くような声を上げた。しかし、身体を硬直させながらも、僕の手を振り払おうとはしなかった。

(これは……男嫌いというより、単に極端に男性が怖くて、免疫がないだけなのかもしれないな)


「ありがとう、冬子さん。まずはその運送屋、バイクショップ、ワークショップを優先的に回ってみるよ。夜には一度ここに戻ろうと思うけど、いいかな?」


「……雪乃に勝手に出て行かれると困りますし、仕方がありませんね。……でも、その、一つだけ約束してください」


「どうしたの?」


「こ、この家では……その、絶対に、雪乃とエッチなことはしないでください……っ!」


冬子は顔を限界まで真っ赤に染め上げると、プイッと明後日の方角を向いてしまった。

感情を爆発させたかと思えば、冷徹な軍師になり、最後はウブな少女のように照れる。非常に優秀な頭脳を持ちながら、その本質はとても可愛らしく、そして魅力的な女性だった。

※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です

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