第90話
「待たせたな」
ロレーヌ公国公都大聖堂に再び戻ったジークフリート。
「いえ、まったく問題ございません。
それで、アビゲイル様は、なんと?」
内務卿シャイデマン宮中伯は、強力な権能を行使しながら、まったく気にしていない様子。
「お前は……。
よく使命を果たした、後で褒めると。
それから、卿の権能を絶賛していたな。
歌姫殿も改めて会ってお礼したいと」
「おおお!
なんと光栄なこと!!
またお会いすることができて、直接お褒めの言葉も頂ける機会が得られるとは……」
感動に打ち震えているシャイデマンを呆れた目で見る、ジークフリート。
「そもそも、アビーには、大公領で頻繁に会っておるではないか……」
「それは、それで、別なのでございます。
ああ、アビゲイル様!
それに、歌姫様まで……」
「いい加減にしないと、卿の母に言いつけるぞ!」
「そ、それは困ります。
とても、とても、やきもち焼きなので……」
「わかっている。
わかっていて、言っているのだ。
さて、さすがに、卿の母の、今は失われているが、その気持ちを考えれば、卿に父親を誅させるわけにはいかぬ。
そこは、俺に任せよ」
「で、殿下。しかし、是非とも我に……」
「その代わりに、卿には、皇帝を僭称している伯父上を誅してもらおう。
そもそも、帝国での聖女達の受難は、伯父上が元凶なのだからな。
卿には、その功を持って、我が帝国の宰相に就いてもらう。
良いな、その覚悟を持って、本懐を遂げよ。
卿の母も、それならば、本望だろう」
「我が母の本望……。
承知いたしました。
そのような過分なご配慮くださり、恐悦至極に存じます。
それにしても、イーゼンブルクは良いのですか?」
「それこそ、資質は十二分にあっても、資格がない。
堅牢な貴族意識が支配している帝国では、この短期間に、元平民で、いまだ陪臣の立場から宰相になど、とても無理な話だ。
無駄に苦労するのが目に見える。
それに、あいつには、将来、南を任せるつもりだ。
その方が、あいつも都合が良いしな。
無論、卿を軽んじているのではないぞ。
卿も資質は十二分にある。
しかし、そもそも、卿でも、かなり無理筋な話なのだからな」
「承知いたしました。
まあ、イーゼンブルクには、しばらくは、殿下の傍で励んでもらわねばなりません。
さすれば、出自によらず、元平民からも有能な人材を登用しやすくなります」
「そのためにも、貴族出身の卿が諸施策を実行することに意味が出てくる。
頼んだぞ」
「承知しました。
しかし、まだ事が済んでおらぬのに、気が早い話ではございますが……」
「ハハハ、たしかにな」
ジークフリートは笑った。
しかし、表情を引き締める。
「それにしても、いくら帝国中を探しても見つからぬわけだ。
まさか、ここに潜んでいたとは……」




