第89話
ああ、先程まで、なんて下らないことで悩んでいたのだろうと、急に馬鹿々々しくなった。
改めて、ピアノに向き合う。
今度は、自分でも、これまでになく、深みのある、良い演奏ができていると感じた。
楽しくなって夢中で弾いていたら、突然、声をかけられた。
「すまない、アビー。そろそろ気づいてほしいのだが……」
いつの間にか、ジークフリートがここに来ていた。
しかも、今日はもう会えないと思っていた親友を伴って。
「ジーク!! アイーシャを連れてきてくれたのか!!」
「アビー、また、助けてもらったの」
「なんだと!
あの男は、ジークが捕まえて、お仕置きしたはずなのに!」
「いや、別の男なんだが……」
「な、なんだと!!
あんな男が、まだ他にもいるのか!
まったく、どうなっているのだ!!」
「大丈夫よ、安心して。
昨日のような怖い思いをする前に、殿下の部下のシャイデマン卿に助けてもらったから」
「おお!
さすが、内務卿なのだ!
今朝、ジークと一緒に来て、挨拶していたが、ちゃんと使命を果たしたのだな!
後で褒めてあげるのだ!」
「ええ、な、内務卿……。
そんな帝国の高位貴族様に私の影警護をして頂いていたなんて……」
「そんなこと、気にしなくて良いのだ!
そもそも、このジークは、帝国皇太子なんだし、今更なのだ。
それに、内務卿は、聖女を助けることを生きがいにしている、とってもいい人だけど、でも、ちょっと、変わった人だから、逆に、アイーシャを助けることができて、とても喜んだはずなのだ。
本当に、あの人の権能はすごいのだ!」
「最初と最後のところだけ、あいつに伝えておこう。
アビーにこれほど喜んでもらえたら、あいつも本望だろうし」
「殿下、改めて、私からもお礼を申し上げたいので、シャイデマン卿にお会い出来るように、お取り計らい頂けるとありがたいのですが、いかがでしょうか?」
「ああ、もちろん。
さて、あいつも頑張っているだろうから、そろそろ、俺は戻るよ。
アビー、もうちょっと掛かりそうなんだ。
しばらくの間、歌姫殿を頼む」
「それは、もちろん。
でも、ジーク。
“歌姫殿”だなんて、他人行儀なのだ。
昔のように、アイーシャと呼べばよいではないか。
なあ、アイーシャ?」
「え、でも、殿下とは、昨日、初めてお会いしたと思うのだけれど……、
殿下、大変失礼なことではございますが、以前、どこかで、お会いしたことがありましたでしょうか?」
「んん……、なんと言うか、そのあたりも、後でアビーに聞いてくれ。
では、俺は急ぐので」
そう言った瞬間、ジークフリートは、光の柱となって、飛んでいった。
「そうか、アイーシャはまだ聞いていないのか。
まあ、当時は、私もシャルに言われるまでは気づかなかったし」
「え? やっぱり、お会いしていたの?
でも、私、物心ついてから、国外に出たのは、今回が初めてだから。
それに、アビー達と一緒に出会っていたって……。
でも、当時だったら、聖女見習いの施設か、大聖女様のお住まいか、どちらかのはずよね。
でも、そこで、同じ年頃の男の子と出会った記憶はないのだけれど……」
「じゃあ、ヒント。
当時は、シャルだけが、ジーギって呼んでいたよ」
「え、ジーギって。
あのおチビちゃんでしょ?
とっても可愛い……、え!」
「そう、その可愛い子。
思い出した?」
「忘れるわけがないわ、私達の大親友だったもの。
あ……、もしかして、え、噓でしょ……、フリーデ!!」
「そうよ!!」
「嘘、あのお方が……」




