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エバー・ア・ソード・フォー・ローゼズ  作者: deki
本編2

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第88話

 アビゲイルは、バーデン辺境伯領のヴェーネミュンデ海岸にあるジークフリートの別邸で、一心不乱にピアノを弾いていた。


 眼下に浜辺を望む、この一室を、アビゲイルはとても気に入っていた。


 朝食後、ジークフリートに、この部屋に連れてきてもらった際には、このような気分になるとは思ってもいなかった。


 昨日から、今日の午後に親友とまた会えると、胸が躍っていた。


 しかも、その際には、ジークフリートとシャルロッテと協力しながら、公国のお姫様の病を治すことになっていた。


 これまで、大聖女の母の指導も受けながら、繊細な制御を伴う高度な癒しの権能を懸命に磨き上げてきた。


 今日は、その集大成。


 逸《はや》る気持ちを落ち着かせるべく、ジークフリートに頼んで、ここに連れてきてもらったのだが……


 それから、1時間位経っただろうか、午後に親友に聴かせるつもりの曲をヴァイオリンで弾いていると、不意に、この地の領主であるバーデン辺境伯が訪れた。


 いきなり謝るバーデン辺境伯に訳を聞くと、お姫様の病状が急激に悪化したため、急遽ジークフリートに、アビゲイルか、シャルロッテを連れてくるように指示を受けたのだが、咄嗟のことで、アビゲイルが自領に来ていたことを失念し、遠くブラウンシュヴァイク大公領の大聖女一家が住まう離宮まで転移してしまったとのこと。


 このため不在であったアビゲイルは同行できず、シャルロッテと、たまたま居合わせた母を連れていったのだという。


 結果として、大聖女の母の助力を受けながらも、シャルロッテがジークフリートと協力して、お姫様の危機を救ったとのこと。


 お姫様が、無事に回復したのは大変喜ばしいことなのだが、そこに行けなかったことが、とても残念だった。


 しかも、午後から予定されていた親友とお姫様との面会も中止となったとのことで、今日は楽しみにしていた親友にも会えない。


 いつもは、ポジティブ思考のアビゲイルだが、以前は、時折、ネガティブな考えになってしまうことがあった。


 ジークフリートとシャルロッテとの関係に過敏になっていたためであった。


 しかし、シャルロッテと真剣に話し合った結果、一応は、気持ちの整理を付けたつもりだった。


 諦めて自分を抑えるのではなく、より素直に、自分に正直でいようと。


 でも、負けたくないと思うのも、自分の正直な気持ちなのだ。


 今回のシャルロッテの頑張りには、驚嘆したし、姉妹としても、本当に、誇らしい。なのに……。


 ヴァイオリンを弾くのをやめ、代わって、ピアノを弾くことにした。


 まだ少し苦手なピアノの練習に没頭すると、嫌なことは考えなくなってきた。ようやく落ち着いてきたと思ったら、外はもう夕方だった。


 さすがに、そこまで長時間演奏した自覚がなかったが、ここは3時間の時差があったのだと気づいた。


 そして、一人、夕焼けの浜辺を眺めていたら、初めて、ここに連れてきてもらった時のことを思い出した。


 そうなのだ。あの時の感動を、昨日、親友に伝えることができたではないか。


 それこそ、そのことを聞いたシャルロッテは、我が事のように、喜んでいたではないかと。


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