第76話
「こ、これは……」
驚きのあまり声が出ない様子のジークフリート。
その一方で、
「申し訳ございません、公女殿下。
この絵は、いつ頃から描いておられましたか?
それから、この絵を、他の誰かにお見せになったことはございますか?」
と、矢継ぎ早に質問するイーセンブルク卿。
これには、公国側の面々も、不安になった。
「着手したのは2年前です。
ようやく形になったのは、1年以上前でしょうか……。
そこからは、体調がかなり悪化して、なかなか捗らず、時間を要してしまいました。
それから、この絵を見せた者ですか……、
積極的に見せてはいませんが……、
私の寝所に出入りしていた者達は、見ていたと思います」
「ならば、先程の侍女や、あの侍医達も?」
「侍女は見ていたと思います。
侍医達は、おそらく見ていないと思いますけれど、ねえ、ニルデ、どうかしら?」
「ええ、恐らく……」
「今、確認した。
確かに、侍医達は見ていないようだ。
しかし、侍女は……。
おい、イーセンブルクよ!」
「教皇国とのやり取りでは、そのような情報は確認できておりません。
しかし、1年以上前のものまでは、さすがにすべて把握できておりません」
「なるほど、これがきっかけか……。
私の知る、この絵は、もっと大きく、しかも、今から2年後に描かれていたはずだ。
しかし、元々は、これほど早く描かれていたのか……」
「で、殿下……、
一体、何をおっしゃっておられるのですか?」
イザベル公女が問うた。
しかし、それには答えずに、傍らのロレーヌ公に問うジークフリート。
「ロレーヌ公よ、公女殿下はご自身の”権能”をご存じないのか?」
「ええ……。
しかし、さすがに、この絵に描かれているようなことは、”現実に起きること”ではありますまい?」
「そうではない。そうでは……。
ロレーヌ公よ、ここに描かれているモチーフは、間違いなく現実に起きたことなのだ。
私は覚えていないのだが、イーセンブルクは、この絵の情景を間違いなく覚えている。
その場に立ち合い、私を女神様から引き渡されたのだから」
その絵のモチーフは、聖騎士の青年を抱え、夜空の天から舞い降りた女神が、絶壁の上にいる二人の戦士に、その青年を引き渡す情景であり、女神には後光が差し、さらに、絶壁の眼下には、無数の灯篭が瞬く様子が描かれていた。
まさに、神秘的な解釈である。
実際には、その灯篭は、兵士達が掲げる“かがり火”だったのであるが……。
「な、なんと!
女神様のご降臨に立ち会われたと……。
なるほど、確か、殿下は、5か月程前に難所の渓谷で被災されたが、奇跡的に助かったと聞いておりました。
ああ、なればこそ、殿下の尋常ならざる権能の理由がわかりました」
そうなのだ。その絵には、あの女神降臨の情景が描かれていたのだ。
ロレーヌ公は、5か月前に起きたことと解釈したようだが……。
これは、帝国でも、そのように噂されていることではある。
とは言え、それをまともに信じているものは少ない。
しかし、それは、実際には、今から、5年後に起きたことと知っているのは、帝国では、この絵に描かれた3人以外に、ブラウンシュヴァイク大公と、大聖女ブリュンヒルデのみと、もっと少ない。




