第75話
時は少し遡る。
公女離宮での一連の出来事の後、バーデン辺境伯は、大聖女ブリュンヒルデとその娘シャルロッテを連れて、帝国に帰っていった。
さすがに、このような騒ぎがあり、この日の午後に予定されていた歌姫アイーシャの公女離宮への訪問は中止されることとなった。
このため、アイーシャ訪問に同行予定であったシャルロッテも、今回は取りやめとし、改めて再会の機会を設けることとなった。
シャルロッテは、イザベル公女との再会を約し、こちらに来た際に手にしていた絵筆を、そのまま、侍女ニルデに預けた。
再開時にお互いの絵を見せ合う約束の証にと、イザベル公女が願ったのである。
少し戸惑っていたシャルロッテだったが、その申し出を承諾して、名残惜しそうに去っていった。
「それにしても、イザベル公女殿下の描かれた絵ですか。
どのような絵か、とても興味がありますね、殿下?」
イーセンブルク卿が、ジークフリートに問いかける。
「ああ、そうだな。
公女殿下、シャルを今度連れてくる際に、できれば私にも見せて頂けないでしょうか?」
「ええ、ぜひ。
あと少し手を加えれば完成しますので。
聖女様にお越しいただくまでには、必ず仕上げておきます。
おかげさまで、体調も信じられないくらいに良いので、すぐにでも、取り掛かりたいと思っております」
「それはなによりです。楽しみにしております」
「大変僭越ながら、公女殿下。
今、私にだけ、先に見せて頂くことはできないでしょうか?」
と、イーセンブルク卿が、かなり非礼な願いを口にすると、ジークフリートが表情を変えた。
「卿は、何を言っている。
無礼ではないか!
公女殿下、私の従者の非礼をお詫び申し上げる。
おい、卿も詫びぬか!」
「いえ、殿下。お気になさらず。
それほどご興味がおありでしたら、ぜひ、ご覧ください。
イーセンブルク卿は、次にいつお越しいただけるかわかりませんし。
ただ、完成前のものですので、お目汚しをご容赦くださいませ。
ニルデ、私の絵を、ここに持ってきてくれるかしら」
すぐに、侍女ニルデは、公女の寝所から、絵を持ってきた。
キャンバスにはカバーが掛かっており、それを捲る。
「おお! 素晴らしい出来栄えではないか!
イザベル、もう完成しておるのではないのか?」
ロレーヌ公がイザベルの絵を絶賛する。
「ありがとう、お父さま。
でも、まだ少し手を加えたいの……、
あ、あの……、どうされましたか?」
イザベル公女は驚いて、声をかける。
ロレーヌ公らが振り返ると、ジークフリートとイーセンブルク卿が、二人とも、驚愕の表情で、絵を見ていた。




