第72話
「な、なにを言うか!
ビドガワ伯よ、卿は宰相だからと言って、何を言っても許されると、勘違いをしておるのではないか?
仮に……、仮にだぞ。仮に、殿下の御身に何かがあったとしても、我が孫でもあるバスティアン公子殿下が後継者になると決まったわけではなかろう。
それこそ、卿が推すフリードリヒ公子殿下かもしれぬ。
我を疑うなど、言語道断だ。
我から言わせれば、卿も十分に怪しいではないか!」
これには、ビドガワ伯も含め、宰相派の重臣達も反論が難しい。
「大変失礼いたしました。
閣下に、深くお詫び申し上げます」
ビドガワ伯は、苦渋の表情で、ザルム侯に頭を下げた。
「ならば、よい。
まあ、卿もこの緊急事態に頭が混乱していたのだ。
不問としよう」
勝ち誇った表情で、やけに素直にビドガワ伯の謝罪を受け入れたザルム侯。
しかし、続いて出た本音に、宰相派は皆、目をむいた。
「まあ、とは言えだ。
このままでは、とても建国祭など開催してはおれぬ。
しかし、各国の重臣を含めた、多数の内外の賓客達を招いておるのだ。
ならば、我が公国が揺るぎないことを示すためにも、せめて次期後継者候補を皆に紹介するのは、いかがかな?」
「しかし、フリードリヒ公子は……」
この提案は、一見、特に問題がないようだが、実態は異なる。
フリードリヒ公子は、今朝は体調が悪く、建国祭には欠席することになっていたのである。
「確か、イザベル公女殿下の前に、公宮侍医長のクスマウル卿が往診していたと報告を受けております……」
後ろに控えていた宰相府の筆頭書記官が、ビドガワ伯に耳打ちする。
「むう……」
ここまで手を打っていたとは……、あまりにも手際が良すぎる。
「良いな! 何ら問題あるまい?」
ザルム侯は、本音を隠すことなく、言い放った。
しかし、その直後、奥の扉が開き、そこから出てきた人物が、ビドガワ伯に代わって、そのザルム侯の言に答えた。
「次期後継者候補を皆に紹介するのは構わぬ。
もとより、そのつもりであったからな。
しかし、そのような場に、バスティアンを参列させることは許さぬ!」
その奥の扉は、公家専用の通路につながっており、公家の者にしか、出入りは許されていない。
その扉から出て、ザルム侯の言に答えたのは、窮地に陥っているはずのロレーヌ公であった。
ビドガワ伯は、君主が健在な姿を見て、心から安堵した。




