第70話
ロレーヌ公国の宰相・ビドガウ伯は、大変困惑していた。
建国祭の開会式に参列するため、他の重臣達と控室で待機していたが、主君のロレーヌ公がなかなか姿を現さない。
そんな中、深夜の主君による衝撃の沙汰もあったことから、自身も含め、自派閥の重臣達が動揺しているのはわかるのだが、対抗派閥に属する者が示す落ち着きのない様子に、どこか違和感があったためだ。
ビドガワ伯が掌握している宰相派は、ロレーヌ公の二人の息子のうち、フリードリヒ公子を公家の後継者として支援しており、次期ロレーヌ公としての証である、公世子の称号を得るべく、ロレーヌ公や公国重臣に働きかけ、重臣の半数以上を自派閥に引き入れることに成功していた。
一方、もう一人の公子、バスティアン公子を推すのが、ロレーヌ公家の傍系で有力者のザルム侯。
神学に秀でた者を多く輩出し、公国内の神殿に強い影響力があり、親聖マクシミリアン教皇国とも特に関係が深い。
教皇国との交易で利益を得ている有力商人の多くも配下にしており、その資金援助を受けている重臣達を中心に、対抗派閥を形成していた。
それだけに、今回のロレーヌ公の沙汰の際には、最も困惑していた派閥とも言える。
ザルム侯がバスティアン公子を次期ロレーヌ公に推す理由は明快であった。
バスティアン公子の母である側妃が自身の娘であり、バスティアン公子は孫に当たることから、次期ロレーヌ公の外戚としての影響力を強めることが可能となるため、ある意味で当然とも言える。
なお、ビドガワ伯がフリードリヒ公子を推している理由は、母親の側妃が自派閥の重臣の娘であること、また、ザルム侯の増長を押さえるのにも都合が良いこともあるが、なによりも、バスティアン公子の人となりが君主には相応しくないと判断していたためである。
よって、ビドガワ伯としては、ロレーヌ公国の行く末に鑑みて、バスティアン公子に対抗するために、フリードリヒ公子を支援しているのだが、それによって、公国内での派閥争いに辟易としたロレーヌ公と疎遠となったことは、決して本意ではなかった。
さりとて、病弱なイザベル公女を次期ロレーヌ公に推すなど、とても許容はできず、ビドガワ伯はロレーヌ公との関係に日々頭を悩ましていた。
そのような状況下、重臣の中で、数少ない中立派である近衛卿と侍従長は、イザベル公女寄りの姿勢を示し、ロレーヌ公からの信任は厚い。
彼ら二人には、いま一つ信頼のおけないビドガワ伯としては、これも頭痛の種であった。
このような状況下、建国祭が間もなく開催するというのに、近衛卿と侍従長も、ここに姿を見せておらず、ロレーヌ公と行動を共にしているものと考えられた。
すると、ようやく、近衛卿と侍従長が、ここに姿を現した。
皆に遅参を詫びたが、何やらザルム侯に向ける視線が怪しい。
そこに、急報が届いた。




