第61話
この混乱の少し前、イザベル公女は、寝所で安静にしているように、申し付けられていた。
公女イザベルは、ロレーヌ公の一人娘である。
ロレーヌ公は、彼が深く愛しながらも、若くして亡くなった公妃の忘れ形見であるイザベルを、殊の外、可愛がっていた。
しかも、当初は、公家の後継者とし、公世子の称号を与えるつもりであった。
しかし、病弱なイザベルを後継者に指名することに、宰相ら公国の重臣達が難色を示したため、見送られた経緯があった。
なお、ロレーヌ公には、2人の側妃との間に、まだ若輩ながら、2人の公子がおり、いずれは、これら公子のどちらかが後継者に指名されるものと重臣達は考えており、早くも派閥争いが始まっている状況でもあった。
この状況に憤慨したロレーヌ公と重臣達との間には、溝が生じており、ロレーヌ公は重要事項について重臣達に事前相談することが少なくなっていた。
このような背景もあり、ロレーヌ公は、帝国皇太子の懐刀であるイーセンブルク卿との秘密会合も、公国の重臣達には秘匿していた。
このため、昨日の大劇場での騒動と、それを解決した、“謎の青年”のお忍び訪問について、なにも知らされていなかった公国の宰相府は混乱した。
前夜祭の後、宰相ビドガウ伯は、自派閥の重臣達を引き連れ、ロレーヌ公の元に押し掛けたが、肝心のロレーヌ公は行方知れず。
不信感が頂点に達していた重臣達のところに、ロレーヌ公から沙汰があったのは、その日の深夜であった。
今後の公国の趨勢に大きな影響を与えるその内容に、重臣達は、大変驚いた。
帝国に与することを前提に、色々な憶測があったが、そのような内容とは大きく異なっていたためである。
ロレーヌ公からの沙汰は、アドリア王国との関係は、これまで通りであり、帝国側には、秘密裏の外交ルートを通じて、アドリア王国の王太子解放を打診し、好感触を得たというもの。
これには安堵した重臣達であったが、その後に、友好国である教皇国との断交が告げられると、騒然となった。
大多数が親・教皇国派である公国の重臣達にとって、青天の霹靂であり、それを告げられた重臣達は、皆、大変困惑した。
しかし、誰よりも、教皇国との関係維持に腐心してきたロレーヌ公が、そのような沙汰を下した真意に間もなく気づくと、皆、目の色を変えた。
この段階では、当然、ロレーヌ公は、その真意は直接口にしなかったものの、重臣達は理解したのだ。
その真意とは、帝国側との秘密裏の外交ルート、すなわち、あの謎の青年、もはや、公然の秘密であるが、あの帝国の絶対権力者の意向であることに。
ならば、これは、帝国の教皇国への侵攻を意味するはず、と。




