第58話
帝国皇太子の望みは理解したものの、ロレーヌ公としては、すぐには受け入れられない”事情”があった。
「ええ、そうでしょう。
あれほどご尽力されて、ようやく大聖堂の歌姫様をお招きになられたのですから。
殿下の”本懐”を遂げるためには、今後も定期的に歌姫様か、それに準ずる高位の聖女を招く必要があり、教皇国との関係を絶つご決断が難しいことは承知しております」
「ああ、そうだ。
卿に隠し事をしても無駄だったな……。
ならば、我が立場も理解されよう。
それでも、あのお方は強要なさるのか……」
「我が主の人となりは、此度の歌姫様への対処からもおわかりでしょう?
我が主は、そのようなことは決してなさいません」
「ならば……。もしや!?」
「今日、歌姫様と旧交を温めていた少女のことは、お聞きでしょう?」
「ああ、もちろん。もちろん……」
「ご想像のとおり、あの少女は、さるお方のご息女。
歌姫様と同等以上の高位の聖女であらせられます。
しかも、あの少女には、双子の姉がおられ、その姉も明日、貴国を密かに訪れたいとのこと。
それで、我が主は、歌姫様が明日お会いになられる方に、その少女達も会わせたいと思し召しなのですが、いかがでしょうか?」
「ああ……、なんということか……、ぜひ会ってやってほしい。
そして、できることなら……、
我が娘を救ってほしい。
頼む、このとおりだ」
ロレーヌ公は、イーセンブルク卿に深く頭を下げた。
一国の君主が、いかに強大な帝国皇太子の懐刀とは言え、低位貴族に、そのような態度を取ることは極めて異例である。
それでも、ロレーヌ公としては、そうせずにはいられなかった。
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「まあ、姫様! また、ベッドから抜け出して……。
ご無理をなさってはなりません」
「でも、ニルデ……。明日は、歌姫様が、ここにお越しになるのよ。
このような、私のために……。
せめてものお礼の印に、どうしても、この作品を仕上げて、お渡ししたいの……」
「いえ、ご無理をなさってはなりません。
体調が悪くなって、明日、お会いできなくなってしまわれては、姫様のお望みが叶わぬことになってしまいます」
「なんとか間に合わせるつもりだったけれど、予定よりも1日早く、お越し頂けることになったの……。
それは非常にありがたいことだけれど……。
ああ……、少し修正するだけなら、間に合うと思ったのだけれども、このままでは、お渡しできないのよ……
本当は、もっと手を加えたいところが、色々とあるし……」
「なりません、姫様。お体が大事です。
さあ、いつものように、このお薬をお飲みください。
少しでも体調を回復なさることが先決でございますよ」
「でも……、その薬を飲むと……」
「何をおっしゃるのですか。
このお薬は、殿下がご無理をなさって、教皇国の大聖堂から取り寄せた貴重な聖水から作られたものですよ。
早くお飲みになってください」
「でも、でも……、”手が震えるの”……、
作品を仕上げることはできないのよ……」




