第54話
ここは、ロレーヌ公の執務室に隣接する秘密部屋。
この部屋でロレーヌ公と帝国のイーセンブルク卿は密談していた。
彼らが密談する機会は、これまでも度々あったが、ロレーヌ公は、今回ほど、イーセンブルク卿の存在がありがたいと思ったことはなかった。
ロレーヌ公にとって、イーセンブルク卿は、これまでは、どちらかと言えば、少し煙たい存在であった面も否めなかったが、ことここに至っては、旗幟鮮明にせざるを得ないと考えていたのである。
「2日延期にしたとは言え、なんとか歌姫の公演を開催できる。
卿にはとても世話になった。
それに、卿の主君の、あのお方には、多大なるご助力を頂いた。
できれば、早急に、直接、お礼申し上げたいところなのだが……」
「殿下、お気遣いは無用でございます。
我が主も、貴国や殿下のお立場を理解しております。
我が主の貴国入りは、あくまで、”御忍び”であり、殿下はあずかり知らぬこと。
これは、実際にも、これまでは事実であったのですから」
と、イーセンブルク卿は、ロレーヌ公が言わんとしていることを、やんわりと断った。
「まあ、確かに、あのお方がお越しになっているなど、まったく承知してはおらず、先程までの前夜祭では、各国首脳から、色々と問われたものの、答えに窮しておったのだが……。
いや、しかしだな……」
ロレーヌ公としては、ここで、引き下がるわけにはいかない。
なんとしてでも、今回の事態に大きく関与した帝国皇太子から直接言質を得たい。
そうでなければ、アルベルト王太子奪還を名目にアドリア王国が自国に攻めてくることを防ぐ手立てがないのである。
「僭越ながら、殿下には、今回の事態の背景に対する解像度を上げてもらう必要があると考えております。
殿下は、そもそもアルベルト王太子が貴国を訪れた”真意”はお気づきですか?」
このイーセンブルク卿の問いには、ロレーヌ公も困惑せざるを得ない。
「どういうことかね。
そもそも、あの王太子の軽挙妄動に、真意などあるのかね」
「いえ、そうではございません。
あの王太子がどのように考えて行動したのかは、この際は重要ではございません。
あのような王太子を他国に送ったアドリア王国、
特に、”スフォルツァ公”の”真意”でございます」
「!!」
「貴国併合派の急先鋒である王太子を無理やり捻じ込んできたのですから」
「最初から、我が国との関係を絶つつもりか、スフォルツァ公は!」
と、ロレーヌ公は激昂した。
「単に絶つだけでなく、あの王太子は、本来であれば、貴国で暗殺されるところでした。
その責も負わせようと画策していたのです」
「な、なんだと。
まさか、そのようなことが……。
これまで、かなり便宜を図ってきたというのに……」
「お言葉ながら、殿下。
貴国のような小規模な国の便宜など、大国の大貴族であるスフォルツァ公は歯牙にもかけなかったでしょう」
「な、ならば、なぜ、この10年余りも、我が国との相互不可侵条約の継続に協力していたというのだ!」




