第51話
「歌姫様は、本来ならば、本日、あの王太子の手の者によって、密かに拉致され、アドリア王国に連れ去られるはずでした。
それを阻止するため、十二分の警備体制を敷いていましたが、それがむしろ仇となりました。
まさか、あの王太子が正体を隠さず、自ら乗り込んでくるとは……、
これは正直、私も想定外でした」
「良い、続けよ」
困惑はしつつ、先を即すジークフリート。
ここから、イーセンブルクの話は長く続く。
「手の者では手出しできない状態となれば、普通は、一旦は取り止め、後日、警備が手薄になる機会を伺うはずです。
しかし、いくら警備が厳しくとも、大国の王太子が自らゴリ押ししてくれば、衛兵達には為す術がございません。
ことここに至っては、無理に阻止するよりも、王太子に衆人環視の中で、歌姫様を拉致させ、王太子の悪行を明白とした方が、われらに利があると判断いたしました。
この大国の横暴は、その場に居た各国要人の関係者も目にします。
彼らを通じて、アドリア王国へ向ける目が少なからず悪化するのは必定ですので。
むろん、そのまま放置するのではなく、その後、劇場外に出てきた不届き者については、しかるべきタイミングで急襲し、歌姫様をお救いする手筈を整えておりました。
そもそも、この公国の中では、王太子の身柄も確保しておいた方が、後々のことに鑑みても、都合がよかったですし。
しかしながら、拉致したその場で、直ちにあのような暴挙に出るとは、これこそ、本当に想定外でした。
まあ、正直、劇場内であれば、殿下がどうにかしてくださるとの皮算用もございましたが……。
それにしても、その後の展開は、それこそ、想定外です。
御忍びのはずの殿下が、まさか、あれほど、派手に立ち回られるとは……」
「それこそ、仕方なかったのだ。
彼女の心を落ち着かせるためにはな。
そんなことよりも、長々と脇道に逸れた話をしておったが、結局は、ワザと見逃したのは認めるのだな!
先にも言ったように、あやつの劇場への侵入を防げば、そもそも、このようなことは起きなかったのだ!」
「ですから、それについても、お伝えしたではありませんか。
殿下は、女性に甘すぎると。
教皇国寄りの王国連合各国に、王太子の非道を周知させる絶好の機会なのですよ。
しかも、われらが積極的に仕向けたわけではなく、むしろ阻止しようとしていた。
それでいて、アドリア王国側が自らこれほど明確な大義を与えてくれるのならば、少々、歌姫様がご不快な目にお会いとなっても、致し方ないかと。
この程度のこと、悪鬼羅刹が跋扈しているこの世では、それこそ、日常茶飯事でございます」
「卿の考えは理解した。
しかし、納得はできぬ」
「それは、愛しきお二方へのご対応もですか?」
「……卿の考えは理解した。
しかし、”今は”、納得”まで”はできぬ」
「見解の相違でございますね。
まあ、すぐにご納得はできないでしょう。
しかし、そう遠くない時期に、ご納得いただけるよう、今後も言葉を尽くします。
それにしても、いつも御心と繋がっていて、心の中でお話してきましたが、やはり実際に面と向かってお話した方が良いですね」
「……たしかに。それだけは、心から同意できる」




