第31話
「どうしたの、アビー?ちょっと、そこで、待ってて」
絵筆を筆箱に仕舞いながら、自室のアトリエに入ってきた双子の妹に、ソファを勧めるシャルロッテ。
しかし、いつも元気なアビゲイルにしては、おとなしく、シャルロッテが手にしている筆箱を気にしている様子。
「それって、ジークから?」
「ええ、本当は、こちらに戻ってくる時のお土産だったみたいだけれど、あのようなことがあって、行方知れずになっていたのですって。
ようやく見つけだして、手直ししていたら、遅れてしまったって、言っていたけど……。アビー?」
「本当に素敵な筆箱なのだ……」
それは、銀の装飾を施した黒檀製の細長い絵筆箱であった。
内張りとしてビロードを施し、合わせて贈られた数本のテン毛の高級筆を納める仕様となっていた。
なお、蓋の内側に送り主の手で短い献辞が刻まれているのだが、それを自然に隠すように、シャルロッテは蓋を閉じた。
「そうなのだけど……、アビーの書記具箱も素敵だったわ」
「まあ、私の書記具箱は、幸い大丈夫だったらしく、すぐに渡してくれたのだが……」
「ジークがあちらに遊学中に書き留めた譜面帳は見つかってないのよね?」
「…………二人を応援するのだ。そう、心に誓っていたのだ……」
アビゲイルは、シャルロッテに贈られた筆箱に込められた真意に気づいていた。
その筆箱そのものの価値が高いこともあり、周囲から見れば“芸術への支援”と解釈できる、非常に洗練された贈り物であった。
もちろん、それは自分に贈られたものも同様だった。
しかし、シャルロッテに贈られたものには、恋愛感情をほのめかしていると感じ取ったのである。
いかにも礼節を失わないジークフリートらしく、非常にわかりにくいものではあったのだが、機微に聡い少女達には自明であった。




