第28話
ここは、バーデン辺境伯領のヴェーネミュンデ海岸にあるジークフリートの別邸。
眼下に浜辺を望む、その一室で、ジークフリートがヴァイオリンを奏でている。
その様子をうっとりと眺めながら聴くシャルロッテと別邸の使用人達。
しかし、彼女達とは違い、アビゲイルだけは、真剣な表情で聴き入っていた。
「こんな曲なんだが……、アビー、どうかな?」
「すごくいいのだ!
Gの弦のみで、そんなに豊かな演奏ができるなんて!
本当に素晴らしいアーリエなのだ」
「そうだろう。
それにしても、さすがにすぐに気が付いたな。
その通り、この曲はG線のみでも演奏できるんだ」
「シャル、この4本目の、一番左の弦がG線なのだ。
Gの音に調弦されるから、そう呼ぶのだ。
この弦は一番太い弦で、だから、一番低い音を出すのだ」
「そうだ。
なので、この弦だけで弾くと、深みのある、温かい音色が奏でられる。
俺が作曲した訳ではないので、どのような意図で作曲されたのかは本当のところはわからないが……、
もともとは管弦楽組曲で、その時はG線のみで演奏する曲ではなかったようだ。
その後、別人がG線のみでも演奏できるようにアレンジしたらしい」
「誰が作曲やアレンジをしたんだ?
会ってみたいな?」
「もう亡くなっているようだ」
「ええ!
じゃあ、そんなに素晴らしい曲をどうやって知ったんだ?
少なくとも私が知る限り、そんな曲は聴いたことがないぞ」
「そのあたりは、あとで。
それよりも、この曲、アビーも弾いてみるか?」
「殿下、初見の曲をいきなり演奏して頂くのは、難しいのでは?」
「案ずるな、爺。
アビーは、音楽の天才だ。
聴けば、立ち所に、それ以上の解釈で、素晴らしい演奏が可能だ」
「その通りなのだ。私も弾いてみたい!」
すると、ジークフリートが手にしていたヴァイオリンは突然消失し、別のヴァイオリンが現れた。これは、こちらに転移する前に預かっていたアビゲイルのもの。
「じゃあ、これを」
「ありがとうなのだ」
と、アビゲイルはごく自然に受け取ったが、その様子を目にした別邸の使用人達はとても驚いた。
しかし、使用人達は、皆、高度な手品の類いだと考え、誰もそれがジークフリートの権能だとは気づかなかった。
「では、俺はピアノ伴奏で合わせよう。
元々、このヴァイオリン独奏へのアレンジはピアノ伴奏付きだから。
後で、その譜面も書いて手渡すよ」
「うん、ありがとう。ますます、楽しみなのだ!!」
「それは、なによりだ」
「では、ジーク、伴奏をお願いするのだ」
「お願い、承ったよ、アビー」
別邸内で、この世界で初演されたこの演奏は、その後、この曲が大陸全土でも大人気となったこともあり、皇太子と聖女による、このエピソードは、長く人々に語り継がれることとなる。




