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第62話 筋肉は策を喰らう

密室。

逃げ場はない。

空気は、すでに重い。

目には見えない。

だが確実に、何かが漂っている。

喉の奥にわずかな違和感。

肺に入る空気が、ほんの少しだけ“粘る”。

それだけで分かる。

――これは、まずい。

ポウセンはゆっくりと視線を巡らせた。

前方、プランクリン。

後方、防壁。

左右、狭い通路。

そして――

逃げ道は、ない。

ポウセンは一歩、リオンの方へ寄る。

ポウセン

「下がってろ」

低く、短く。

迷いのない声。

ポウセン

「毒の効果とかがわからねぇ」

自分の体に意識を向ける。

まだ、動く。

まだ、戦える。

だが――

(長くはもたねぇな)

経験が告げていた。

ポウセン

「俺は多少耐性があるけどよ……」

ちらりと後ろを見る。

リオンたちの呼吸。

わずかに浅い。

ポウセン

「お前らはそうじゃねぇだろ?」

リオンは口元を押さえたまま、強く頷く。

言葉は発さない。

だが意思は明確だった。

“任せる”

その合図を受け、

パーティーは一歩、また一歩と後退する。

だが――

すぐに壁。

これ以上は下がれない。

密室。

逃げ場のない安全圏。

そんなものは存在しなかった。

プランクリン

「毒の効能が気になりますか?」

楽しげな声。

まるで講義でも始めるかのような口調。

プランクリン

「良いでしょう。教えてさしあげます」

ポウセン

「……なに?」

短く返す。

だが内心では、聞く価値があると判断していた。

情報は武器だ。

一秒でも多く、正確な状況を掴む。

それが生存率を上げる。

プランクリン

「この毒は、私のお気に入りでしてね」

指先が、空気をなぞる。

その仕草すら、どこか愛おしそうだ。

プランクリン

「遅効性ですが、効果は十分」

言葉の一つ一つに、陶酔が混じる。

プランクリン

「徐々に身体の自由がなくなっていき……」

リオンの喉が鳴る。

ネイソンの眉がわずかに歪む。

プランクリン

「苦しみながら、悶えながら、死へ誘うのです」

空気が、冷える。

いや。

正確には、

“精神が冷える”。

ポウセン

「ずいぶんと余裕じゃねぇか」

あえて軽く言う。

挑発でもあり、時間稼ぎでもある。

ポウセン

「そんなにすごい毒ならよ……」

一歩、前へ。

床の感触を確かめる。

(……粘るな)

ポウセン

「なんでわざわざ出てきた?」

視線を外さない。

ポウセン

「別室で眺めてりゃよかったんじゃねぇのか?」

プランクリンの笑みが深くなる。

プランクリン

「分かってないですねぇ」

ゆっくりと首を振る。

プランクリン

「私は“リアル”を求めているのです」

声色が変わる。

わずかに、熱を帯びる。

プランクリン

「徐々に……そう、徐々に苦しんでいくその様」

目が細くなる。

見ているのは“今”ではない。

“これから起こる未来”だ。

プランクリン

「表情、呼吸、震え……」

プランクリン

「そして、助けを求める叫び」

一歩、近づく。

プランクリン

「それを間近で見るために、私はここにいる」

リオンの背中に汗が流れる。

(狂っている)

ネイソンは唇を噛む。

(理屈じゃない……これは)

バーバラは槍を握り直す。

(殺るしかない相手だ)

ポウセン

「良い趣味してんじゃねぇか」

吐き捨てるように。

だが、その声は冷静だった。

ポウセン

「だがな――」

一歩。

踏み込む。

ポウセン

「効く前に、お前を倒せばいい」

プランクリン

「……ほう?」

わずかに興味を示す。

ポウセン

「持ってんだろ?」

ポウセンの目が鋭くなる。

ポウセン

「解毒剤」

一拍。

ポウセン

「毒使いなら、自分用に用意してるはずだ」

プランクリン

「えぇ、持ってますとも」

あっさりと答える。

だが、その直後。

笑みが、歪む。

プランクリン

「しかし――」

ゆっくりと、言葉を切る。

プランクリン

「あなたは少し、勘違いをしているようだ」

ポウセン

「……なに?」

プランクリンは軽く足を鳴らす。

その音が、妙に大きく響く。

プランクリン

「私が、何の策もなしに現れるわけがないでしょう?」

その言葉と同時に、

空間そのものが“罠”であることを、改めて突きつけられる。

プランクリン

「この通路で閉じ込めたのは、密室で狭く……毒の循環を早めるため」

ポウセンの眉がわずかに動く。

(やっぱりか)

プランクリン

「そして――あなたの戦いは見ていました」

視線が突き刺さる。

プランクリン

「スピードに自信がおありのようだ」

ポウセンは黙る。

肯定も否定もしない。

プランクリン

「ですが、広い場所ならともかく……」

プランクリンは周囲を示す。

狭い。

逃げ場なし。

プランクリン

「こんな通路では、そのスピードは活かせません」

その言葉は、正しい。

だからこそ、厄介だった。

プランクリン

「それにですね」

指を鳴らす。

ピン、と乾いた音。

その瞬間。

わずかに空気が揺れた。

ネイソン

「……っ!?」

プランクリン

「お気づきでしょうが」

ゆっくりと、笑う。

プランクリン

「私とあなたの間には、無数の糸が張り巡らしてあります」

視線を凝らす。

確かに――

ある。

光の加減で、わずかに見える。

細い、透明な糸。

無数に。

プランクリン

「そして地面には粘着トラップ」

足元。

わずかに沈む感触。

逃げようとすれば、絡め取られる。

プランクリン

「これであなたのスピードは無力」

ポウセン

「……確かにな」

素直に認める。

強がらない。

現実は現実として受け入れる。

ポウセンは考える。

時間はない。

毒は進行する。

リオンたちは、いずれ動けなくなる。

そして――

自分も。

(どうする)

糸。

粘着。

狭さ。

どれも、速度殺し。

自分の最大の武器を、完全に封じる布陣。

(正面突破は……悪手か?)

一瞬、迷う。

だがその迷いすら、時間を奪う。

その時。

ふと、思い出す。

理屈をねじ伏せた存在。

“あり得ない”を、当たり前にした男。

筋肉の勇者。

ポウセン

「……へっ」

思わず、笑いが漏れる。

こんな状況で。

自分でも呆れる。

(らしくねぇな、俺)

だが同時に、

胸の奥が、少しだけ軽くなる。

ポウセン

「どうやら俺も……」

肩の力を抜く。

そして、構える。

ポウセン

「筋肉に染まってるらしいぜ」

理屈を捨てるわけじゃない。

だが――

最後に頼るものは、決まっている。

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