第60話 筋肉は扉ごと突破する
魔王城内部。
複雑に入り組んだ通路。
無数の罠。
張り巡らされた迎撃術式。
その全てが。
侵入者を削り。
止め。
絶望させるために作られていた。
普通ならば。
一歩進むたびに消耗し。
慎重に。
恐怖と共に進むしかない。
だが。
今回の侵入者は、普通ではなかった。
※
魔王城中央管理区画。
巨大な魔法モニターの前。
五人衆の一人。
ブルーウェル。
冷静沈着。
防衛と分析を得意とする男。
城内各所の状況を確認しながら、額に汗を浮かべていた。
「正門は、すでに突破された!!」
声には、明確な焦りがあった。
「敵は、五つの扉のいずれかを進んでいるはずだ!」
「魔王城外部の罠を突破してきた手練れだぞ!」
「通常戦力では止まらん!」
「必ず突破してくると思え!!」
魔族たち。
「はっ!!」
「防衛強化急げ!!」
「迎撃準備を!!」
ブルーウェル。
「元々、各通路には罠がある!」
「だが、それだけでは足りぬ!」
「扉そのものを補強しろ!!」
「侵入を許すな!!」
その判断は正しかった。
極めて合理的。
普通の相手ならば。
間違いなく。
ここで進軍速度は落ち。
消耗し。
徐々に追い詰められていく。
だが。
ブルーウェルはまだ理解していなかった。
相手が“筋肉の勇者”であることを。
※
同時刻。
竹助とセリアーナ。
第一ルート。
相変わらず。
常識を無視して進軍していた。
「勇者様!」
セリアーナが前方を指差す。
「また落とし穴です!」
床が崩壊。
奈落。
底には巨大な杭。
即死級。
だが。
竹助。
「問題ない」
ドンッ!!
脚力。
空を蹴る。
エアウォーク。
当然のように虚空を踏みしめ。
何事もなかったかのように通過する。
セリアーナ。
「さすがです!」
「筋肉です!」
ミリア不在のため、ツッコミ役がいない。
そのため。
空気が自然すぎた。
まるで、これが正常な攻略法であるかのように。
※
次。
無数の槍罠。
壁面から高速射出。
数百本。
常人なら回避不能。
竹助。
「遅い」
拳を振る。
ドゴォッ!!
拳圧。
空気の衝撃だけで槍群が全破壊。
鉄片が周囲に散る。
セリアーナ。
「完璧です!」
「無駄がありません!」
※
次。
拘束結界。
高位術式。
侵入者の肉体そのものを固定する封印魔法。
セリアーナ。
「勇者様!」
竹助。
「押す」
メリメリメリ……!!
結界を。
素手で。
物理的に押し広げる。
結界悲鳴。
そして突破。
セリアーナ。
「筋肉が魔法を上回りました!」
※
そうして。
数々の理不尽な筋肉突破の末。
ついに。
巨大な扉へと辿り着く。
他とは明らかに違う。
重厚。
巨大。
強い魔力。
明らかな防衛拠点。
セリアーナが、わずかに表情を引き締めた。
「……ここは」
竹助。
「おそらく」
一拍。
「五人衆とやらがいる部屋だろう」
セリアーナ。
「五人衆……!」
緊張が走る。
竹助は冷静だった。
「扉は五つあった」
「ならば」
「それぞれに五人衆が配置されている」
「そう考えるのが普通だろう」
セリアーナ。
「さすが勇者様ですね!」
「理論的です!」
珍しく。
本当に理論的だった。
※
竹助が、巨大扉の前に立つ。
拳を握る。
「……よし」
「行くぞ」
セリアーナ。
「はい!」
※
その扉の先に。
どれほど危険な敵が待つのか。
どれほど激しい戦いが始まるのか。
二人は、まだ知らない。
※
その頃。
扉の向こう側。
ブルーウェル防衛区画。
ブルーウェル本人が、扉の前に立っていた。
「よし!」
「次はこの扉だ!!」
部下たちが巨大補強材を運ぶ。
「敵は必ずこの扉を通ってくる!!」
「ならば!!」
「扉そのものを破壊不能にし!」
「開かぬよう補強する!!」
魔族たち。
「おぉぉぉ!!」
「さすがブルーウェル様!!」
「完璧な防衛策!!」
「知略!!」
「これで敵も終わりだ!!」
ブルーウェルが、部下たちを見渡す。
その目には、確かな信頼があった。
「……いつも無理を言ってすまない」
一瞬。
魔族たちが驚く。
ブルーウェルは続けた。
「苦労ばかりかけてしまうな」
静かな言葉。
だが。
そこには本心があった。
部下の一人が、力強く答える。
「ブルーウェル様、気にしないでください!」
「俺たちは、ブルーウェル様のために頑張りますよ!」
「あなたに仕えてよかった!」
「共に侵入者を止めましょう!」
その言葉に。
ブルーウェルは、わずかに目を細める。
「ふふ……」
「素晴らしい部下を持っ――」
その瞬間。
バンッッッ!!!!
轟音。
空間が、揺れる。
扉が。
正面から。
粉々に吹き飛んだ。
「…………え?」
補強作業。
意味なし。
鉄。
魔法。
防御術式。
全てまとめて破壊。
扉の破片が吹き荒れる。
悲鳴。
衝撃。
混乱。
そして。
その中心。
悠然と立つ二人。
竹助。
セリアーナ。
静寂。
竹助。
「……五人衆とやらは、いるのか?」
部屋全体が固まる。
魔族たち。
「…………」
誰も、即答できない。
なぜなら。
ブルーウェル本人が。
吹き飛んだ扉の下敷きになっていたからだ。
「ぶ、ブルーウェル様ぁぁぁぁ!!」
「ブルーウェル様が!!」
「しっかりしてください!!」
※
セリアーナ。
「……いないんですかね?」
竹助。
「……どうやら」
一拍。
「見当外れだったようだな」
完全に。
気づいていない。
※
魔族たち。
(いる!!)
(下!!)
(あなたが倒しました!!)
(目の前!!)
だが。
怖くて言えない。
※
竹助とセリアーナが、そのまま前進する。
魔族たちは。
本能的に。
左右へ分かれ。
道を開けた。
まるで王の行進。
竹助。
「……いいのか?」
魔族たち。
「……どうぞ」
完全服従。
セリアーナ。
「失礼します!」
礼儀正しい。
※
こうして。
竹助とセリアーナは。
自覚なきまま。
五人衆ブルーウェルを撃破。
しかも。
戦闘すら発生させず。
ただ扉を開けただけで。
※
知略。
防衛。
罠。
補強。
忠義。
部下との絆。
その全てを。
筋肉は。
扉ごと突破した。
※
残された魔族たち。
「みんな急げ!!」
「ブルーウェル様をお助けしろ!!」
「回復班!!」
「ブルーウェル様ぁぁぁ!!」
だが。
その叫びも虚しく。
筋肉の勇者は。
すでに次の部屋へと進み始めていた。
ブルーウェルの知略が。
“扉ごと消し飛んだ”ことを知らぬまま。




