第57話 筋肉で突破する魔王迷宮
魔王シューベットの居城。
西方山脈、その最奥。
人の領域から遠く離れた、濃霧と魔力に覆われた禁足地。
そこは、もはや単なる城ではなかった。
巨大な死地。
切り立つ断崖。
細く蛇行する危険な山道。
濃霧による視界不良。
足場の悪い岩場。
そして。
侵入者を確実に殺すために配置された、無数の罠。
落とし穴。
拘束糸。
爆裂魔法陣。
幻惑結界。
毒霧。
さらには、迷宮化された内部構造。
普通の軍勢ならば、辿り着く前に壊滅する。
精鋭部隊ですら、消耗しきる。
それほどまでに。
魔王シューベットは、“敵を近づけない”ことに長けていた。
真正面から力で叩き潰すのではない。
到達する前に削り。
恐怖を植え付け。
戦意を喪失させ。
撤退へ追い込む。
知略。
計略。
罠。
それこそが。
魔王シューベット。
※
だが今。
その死地へと。
迷いなく進軍する一団があった。
先頭を歩くのは。
竹助。
筋肉の勇者。
その後ろに続くのは。
セリアーナ。
ミリア。
ダービル。
ポウセン。
さらに。
異世界勇者リオン率いる四人の勇者パーティ。
総勢九名。
通常なら慎重に。
一歩ずつ。
確認しながら進むべき道。
しかし。
竹助は違った。
「……行くぞ」
短い一言。
その声には。
一切の迷いも、恐れもなかった。
※
ガコンッ!!
突如。
前方の地面が大きく崩れ落ちる。
巨大な落とし穴。
深い。
底には、無数の鋭利な杭。
落ちれば即死。
リオンが叫ぶ。
「竹助さん!!」
だが。
竹助は止まらない。
むしろ。
そのまま踏み込んだ。
「……ふん」
ドンッ!!
脚力。
地面を蹴る。
いや。
空を蹴った。
エアウォーク。
筋肉による空中歩行。
何もない空間を、まるで地面のように踏破し。
そのまま対岸へ。
着地。
静寂。
リオンたちが、完全に固まる。
「……え?」
「今……空を……?」
ネイソンが、眼鏡を押し上げながら呟く。
「理論が……崩壊しました」
セリアーナは、どこか誇らしげに微笑む。
「さすが勇者様です!」
ミリア。
「もうツッコむ気力もありません……」
※
さらに進軍。
ビシュゥゥゥッ!!
木々。
岩壁。
地中。
四方八方から、無数の拘束糸が飛び出す。
魔力を込められた特殊拘束。
鋼鉄すら封じる強度。
だが。
竹助。
止まらない。
筋肉が、膨張する。
メキメキメキ……!!
「……邪魔だ」
ブチィィィッ!!
糸が、次々と引きちぎられていく。
歩みは、そのまま。
ダービルが満足げに腕を組む。
「良い」
「筋肉に迷いがない」
ポウセン。
「いや、毎回思うけど突破方法が雑すぎるだろ……」
※
その直後。
足元に、巨大な赤黒い魔法陣。
爆裂式殲滅魔法。
ネイソンが顔色を変える。
「まずい!!」
「退避を――」
しかし。
竹助。
「遅い」
加速。
魔法発動前に、完全通過。
直後。
ドゴォォォォォォォン!!!
背後で大爆発。
土砂。
火炎。
衝撃。
だが。
竹助は無傷。
「……問題ない」
バーバラ。
「問題しかなかっただろ今!!」
※
そして。
前方に現れる巨大な幻惑結界。
侵入者の認識を狂わせ。
方向感覚を奪い。
精神を摩耗させる高位術式。
リオンたちが幾度となく阻まれてきた難所。
「ここは危険です!」
リオンが警告する。
だが。
竹助。
立ち止まり。
結界を見る。
一歩。
手を伸ばす。
「……押せばいい」
「え?」
メリメリメリメリ……!!
結界を。
素手で。
押し広げ始めた。
ミリア。
「物理で結界突破しないでください!!」
しかし。
突破。
ネイソン。
「魔法体系への冒涜ですね……」
※
最後。
紫色の毒霧。
神経毒。
肺を蝕み。
身体機能を停止させる。
死の霧。
リオンたちが足を止める。
「防毒手段が必要です!」
だが。
竹助。
突入。
吸う。
ミリア。
「死にますってぇぇぇ!!」
しかし。
竹助は、その場でスクワットを開始した。
「いち」
「に」
「さん」
爆発的代謝。
筋肉による超循環。
毒素分解。
汗として排出。
完全解毒。
静寂。
ブロック。
「筋肉って……万能なのか……?」
セリアーナ。
「筋肉は可能性です!」
ミリア。
「その理論、もう否定しきれない自分が嫌です……」
※
こうして。
これまで幾度となくリオンたちを阻み。
絶望させてきた魔王城への道は。
筋肉の勇者によって。
真正面から。
次々と粉砕されていった。
知略。
罠。
策略。
その全てが。
筋肉という理不尽に、通用しない。
※
一方。
魔王城最上階。
玉座の間。
シューベットは、優雅に紅茶を嗜んでいた。
香り高い茶葉。
静かな空間。
余裕。
「……愚かな者どもよ」
「罠に沈むがいい」
そう思っていた。
その時。
バァンッ!!!
扉が開く。
「た、大変であります!!」
部下が転がり込む。
シューベットの眉が、初めて動いた。
「……何事だ」
部下。
「リオン一行が……!!」
「停止することなく進軍しております!!」
「全ての罠が突破されています!!」
「進行速度は、予測を大幅に超過!!」
※
沈黙。
紅茶のカップが止まる。
「……なに?」
初めて。
シューベットが、明確な動揺を見せた。
「馬鹿な……」
罠は完璧だった。
策略も万全だった。
だが。
突破されている。
「……ただの敵ではないな」
脳裏に浮かぶ、一人の存在。
魔王オーマ。
かつて。
自身を打ち破った男。
怒り。
屈辱。
憎悪。
「……オーマよ」
「貴様を倒す前に」
「まずは、この邪魔者どもを排除してくれる」
立ち上がる。
「ブルーウェル!」
「プランクリン!」
「はっ!!」
「パドル、ハードキー、タラスコウも呼び戻せ!!」
「全五人衆を揃えろ!!」
「この魔王城で迎え撃つ!!」
城全体が、迎撃態勢へと移行する。
その時。
ブルーウェルが、恐る恐る口を開く。
「……あの、魔王様」
「なんだ」
「実は……ハードキーとタラスコウと連絡が取れておりません」
プランクリンも続ける。
「何かの間違いかと思われますが……」
沈黙。
「……バカな」
「五人衆が……すでに二人もやられているというのか……!!」
シューベットの怒気が、一気に膨れ上がる。
「……オーマよ」
「貴様以外にも、この俺を逆撫でする者がいるとはな……」
※
シューベットは、城下を見下ろしながら呟く。
「……ふん」
「迷宮へと改良したこの城」
「果たして、ここまで辿り着けるかな?」
※
だが。
彼はまだ知らない。
筋肉は。
迷宮すら、攻略する。




