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第56話 筋肉を拒む魔王城

山深く。

西の果て。

切り立つ崖と濃い霧に囲まれたその地に――

魔王シューベットの拠点は存在していた。

古き廃城。

かつては王族か、あるいは大貴族が使っていたのであろう巨大な城。

だが今は。

壁は黒ずみ。

塔は崩れ。

石畳には無数の亀裂。

そして。

その全域に、異様な魔力が張り巡らされていた。

城へ続く山道。

一見すれば、ただの荒れた獣道。

だが。

そこには数え切れぬほどの罠が潜んでいた。

落とし穴。

拘束糸。

爆裂魔法陣。

幻惑結界。

毒霧。

侵入者を正面から迎え撃つのではない。

“辿り着く前に削り取る”。

それこそが。

魔王シューベットの戦場。

廃城最上階。

巨大な玉座の間。

崩れた柱。

暗い燭台。

冷えた空気。

その中心。

玉座に座る男。

魔王シューベット。

長身。

細身。

無駄のない肉体。

そして。

顔面を覆う、無機質な仮面。

表情は読めない。

だが。

その全身から漂う空気だけで分かる。

狡猾。

冷酷。

計算。

筋肉とは対極。

「……進行が遅れているようだが?」

低い声。

静か。

だが。

その言葉には、明確な苛立ちが含まれていた。

部屋の空気が張り詰める。

五人衆の一人。

ブルーウェル。

深く頭を下げる。

「まことに申し訳ありません」

「各地で、予想外の反撃が発生しております」

「こちらの戦力も、少なからず削られております」

沈黙。

次の瞬間。

「……なに?」

シューベットの声音が、冷たく沈む。

「我らは誇り高き魔族だぞ?」

「それが」

「人間ごときにやられているというのか?」

怒気。

「勇者リオンとやらに苦戦しているのか?」

もう一人の五人衆。

プランクリン。

静かに前へ出る。

「ご安心を」

「雑兵程度ならば、やられることもありましょう」

「ですが」

「リオン程度、我ら五人衆の敵ではありません」

確信。

だが。

「……それに」

一拍。

「どうやら、他にも不届き者がいるようです」

ブルーウェルが続ける。

「噂によれば――」

「“筋肉の勇者”なる者が」

沈黙。

そして。

シューベット。

「……筋肉?」

仮面の奥から、冷笑。

「ふ」

「笑わせてくれる」

「筋肉の勇者、だと?」

侮蔑。

「リオン同様」

「取るに足らぬ存在だろう」

その時。

玉座の間の扉が勢いよく開く。

「た、大変であります!!」

魔族兵。

明らかな動揺。

プランクリンが睨む。

「騒々しい」

「何事だ」

兵士は慌てて報告する。

「こちらへ向かってくる一行が確認されました!!」

「なに?」

プランクリンが目を細める。

「誰だ」

「勇者リオン一行と思われます!」

「さらに――」

「見知らぬ者たちも同行しています!」

玉座の間。

一瞬の沈黙。

だが。

シューベットは、わずかに口元を歪めた。

「……ふん」

「都合が良い」

一拍。

「まとめて返り討ちにしてくれるわ」

圧。

「どうせ」

「城へ辿り着く前に」

「周囲の罠の餌食となる」

それが。

シューベットの絶対的な自信だった。

力だけではない。

知略。

罠。

戦略。

相手を削り。

追い詰め。

絶望させる。

それこそが。

魔王シューベット。

だが。

彼はまだ知らない。

その“常識的な戦略”が。

筋肉という理不尽の前では、通じぬ可能性を。

筋肉の勇者。

魔王軍四天王。

神官。

補助神官。

もう一人の勇者。

二つの勇者パーティ。

異常戦力。

彼らは、確実に近づいていた。

罠を越え。

策略を越え。

筋肉で。

魔王シューベット最大の誤算は。

“筋肉”を、理解しようとしなかったこと。

その代償を。

彼は、間もなく知ることになる。

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