第56話 筋肉を拒む魔王城
山深く。
西の果て。
切り立つ崖と濃い霧に囲まれたその地に――
魔王シューベットの拠点は存在していた。
古き廃城。
かつては王族か、あるいは大貴族が使っていたのであろう巨大な城。
だが今は。
壁は黒ずみ。
塔は崩れ。
石畳には無数の亀裂。
そして。
その全域に、異様な魔力が張り巡らされていた。
※
城へ続く山道。
一見すれば、ただの荒れた獣道。
だが。
そこには数え切れぬほどの罠が潜んでいた。
落とし穴。
拘束糸。
爆裂魔法陣。
幻惑結界。
毒霧。
侵入者を正面から迎え撃つのではない。
“辿り着く前に削り取る”。
それこそが。
魔王シューベットの戦場。
※
廃城最上階。
巨大な玉座の間。
崩れた柱。
暗い燭台。
冷えた空気。
その中心。
玉座に座る男。
魔王シューベット。
長身。
細身。
無駄のない肉体。
そして。
顔面を覆う、無機質な仮面。
表情は読めない。
だが。
その全身から漂う空気だけで分かる。
狡猾。
冷酷。
計算。
筋肉とは対極。
※
「……進行が遅れているようだが?」
低い声。
静か。
だが。
その言葉には、明確な苛立ちが含まれていた。
部屋の空気が張り詰める。
※
五人衆の一人。
ブルーウェル。
深く頭を下げる。
「まことに申し訳ありません」
「各地で、予想外の反撃が発生しております」
「こちらの戦力も、少なからず削られております」
※
沈黙。
次の瞬間。
「……なに?」
シューベットの声音が、冷たく沈む。
「我らは誇り高き魔族だぞ?」
「それが」
「人間ごときにやられているというのか?」
怒気。
「勇者リオンとやらに苦戦しているのか?」
※
もう一人の五人衆。
プランクリン。
静かに前へ出る。
「ご安心を」
「雑兵程度ならば、やられることもありましょう」
「ですが」
「リオン程度、我ら五人衆の敵ではありません」
確信。
だが。
「……それに」
一拍。
「どうやら、他にも不届き者がいるようです」
※
ブルーウェルが続ける。
「噂によれば――」
「“筋肉の勇者”なる者が」
※
沈黙。
そして。
シューベット。
「……筋肉?」
仮面の奥から、冷笑。
「ふ」
「笑わせてくれる」
「筋肉の勇者、だと?」
侮蔑。
「リオン同様」
「取るに足らぬ存在だろう」
※
その時。
玉座の間の扉が勢いよく開く。
「た、大変であります!!」
魔族兵。
明らかな動揺。
プランクリンが睨む。
「騒々しい」
「何事だ」
※
兵士は慌てて報告する。
「こちらへ向かってくる一行が確認されました!!」
「なに?」
プランクリンが目を細める。
「誰だ」
※
「勇者リオン一行と思われます!」
「さらに――」
「見知らぬ者たちも同行しています!」
※
玉座の間。
一瞬の沈黙。
だが。
シューベットは、わずかに口元を歪めた。
「……ふん」
「都合が良い」
一拍。
「まとめて返り討ちにしてくれるわ」
圧。
「どうせ」
「城へ辿り着く前に」
「周囲の罠の餌食となる」
※
それが。
シューベットの絶対的な自信だった。
力だけではない。
知略。
罠。
戦略。
相手を削り。
追い詰め。
絶望させる。
それこそが。
魔王シューベット。
※
だが。
彼はまだ知らない。
その“常識的な戦略”が。
筋肉という理不尽の前では、通じぬ可能性を。
筋肉の勇者。
魔王軍四天王。
神官。
補助神官。
もう一人の勇者。
二つの勇者パーティ。
異常戦力。
彼らは、確実に近づいていた。
罠を越え。
策略を越え。
筋肉で。
※
魔王シューベット最大の誤算は。
“筋肉”を、理解しようとしなかったこと。
その代償を。
彼は、間もなく知ることになる。




