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第51話 筋肉と夜の対話

夜。

村は、すっかり静まり返っていた。

昼間の騒ぎが嘘のように。

風は穏やかで、遠くで虫の声がかすかに響いている。

どこか、現実感の薄い時間。

ポウセンの家。

決して広くはない。

部屋の数も少なく、最低限の造り。

そのため。

男部屋と、女部屋に分かれることになった。

男部屋。

ダービルとポウセン、そして竹助。

女部屋。

セリアーナとミリア。

深夜。

ミリアは、ふと目を覚ました。

理由は分からない。

ただ、意識が浮かび上がる。

静かだった。

隣では、セリアーナが穏やかな寝息を立てている。

その落ち着いた呼吸に、安心感すら覚える。

(……眠れない)

小さく息を吐く。

そして、なんとなく窓へ視線を向けた。

――そこにいた。

外。

月明かりの下。

一人の影。

ダービルだった。

ゆっくりと、沈む。

そして、持ち上がる。

また沈む。

また上がる。

スクワット。

ただ、それだけ。

だが。

その一動作一動作に、無駄がない。

静かで。

重くて。

そして、どこか“研ぎ澄まされている”。

(……まだ、やってるんだ)

ミリアの胸に、何かが引っかかる。

気づけば。

立ち上がっていた。

音を立てないように。

そっと外へ出る。

夜の空気が、少し冷たい。

ダービルは、気づかない。

いや。

気づいているのかもしれない。

それでも、止まらない。

ミリアは、少し離れた場所で立ち止まる。

ただ、見ていた。

単調な動き。

だが。

そこには、確かな“積み重ね”があった。

沈む。

上がる。

沈む。

上がる。

時間が、ゆっくりと流れる。

その時。

動きが止まった。

「……誰だ」

低い声。

静かな夜に、はっきりと響く。

ビクッ

ミリアの肩が跳ねる。

隠れる間もなく。

観念して、一歩前に出た。

「す、すみません……!」

「邪魔をするつもりはなかったんです……!」

ダービルが、一瞥する。

ほんの一瞬。

「……副神官の女か」

「ミリアです!」

反射的に訂正する。

ダービルは、それ以上何も言わず。

再び、動きを再開した。

沈む。

上がる。

変わらない。

ミリアは、その背中を見つめる。

そして。

口を開いた。

「……なんで」

一拍。

「そんなに鍛えるんですか?」

返事は、すぐには来ない。

ただ、動きは止まらない。

「あなたは……」

「もう十分強いじゃないですか」

ようやく。

ダービルが答える。

スクワットを続けたまま。

「足りぬからだ」

ミリアの眉が、わずかに寄る。

「……足りない?」

その時。

ダービルが、動きを止めた。

ゆっくりと立ち上がる。

沈黙。

夜の音だけが残る。

「……ある男の話をしてやろう」

「え?」

「その男はな」

「魔王軍最高の筋肉を持つ男と呼ばれていた」

ミリアの目が、少しだけ開く。

「それって……」

「まぁ聞け」

短く、制される。

「その男には、魔法の才能がなかった」

静かに。

言葉が落ちていく。

「魔族でありながら」

「魔法が使えない」

「……魔族の恥だった」

ミリアの表情が、わずかに曇る。

「……そうだったんですね」

少し、迷う。

それでも、続ける。

「私も……そんなにたくさんは使えません」

「それに……」

「戦うの、怖いんです」

沈黙。

「……怖いか」

「だって」

「死んじゃうかもしれないじゃないですか」

風が、静かに流れる。

「それは、そうだな」

ダービルは、否定しない。

ミリアが、小さく息を吸う。

「……その人は」

「どうなったんですか?」

「続きだな」

ダービルの声が、わずかに深くなる。

「その男は鍛えた」

「己の肉体を」

「それしか、なかった」

「周りが魔法を語る中」

「ただ一人」

「筋肉に、すべてを捧げた」

ミリアは、黙って聞く。

「そして」

「四天王となり」

「魔王軍最高の筋肉を持つ男と呼ばれるようになった」

静寂。

「……すごいですね」

ミリアの声は、自然だった。

「言うほど簡単な話じゃないです」

「きっと……」

「すごい努力をしたんでしょうね」

その言葉に。

ダービルの目が、わずかに揺れる。

「……ところがだ」

「え?」

「その男の前に」

「ある男が現れた」

一拍。

「筋肉の勇者だ」

「あ……」

ミリアは、察する。

「男は挑んだ」

「正々堂々とな」

「――そして」

「敗れた」

沈黙。

何も言えない。

だが。

ダービルは、続ける。

「気を落とす話ではない」

「その男は」

「さらに鍛え直した」

ミリアが、静かに言う。

「……すごいですね」

「くじけないんですか?」

「くじけぬ」

即答。

そして。

わずかに視線が落ちる。

「……俺は」

一拍。

「お前が羨ましい」

「え?」

「お前には魔法がある」

「肉体も鍛えられる」

「どちらかがダメでも」

「もう一方がある」

「戦い方に、幅がある」

ミリアの胸に、言葉が沈んでいく。

「だが俺には」

「筋肉しかない」

「これしか――道はない」

ミリアの脳裏に。

戦いの光景がよぎる。

圧倒的な力。

理屈ではない。

“それしかない戦い”。

(……あれは)

(選んだんじゃない)

(それしかなかったんだ)

ミリアが、ふっと笑う。

「ダービルさん」

「……ん?」

「私も」

少しだけ、照れながら。

「一緒に筋トレしてもいいですか?」

一瞬の沈黙。

「……うむ」

「よかろう」

「まずはスクワット1000回だな」

「いや無理!!」

ミリアの叫びが、夜に溶ける。

その様子を。

窓から、セリアーナが見ていた。

「……筋肉ですね」

満足げに、呟く。

同じ頃。

男部屋。

ドスン。

ドスン。

一定のリズム。

床が、わずかに軋む。

竹助が、腕立てをしていた。

「……なぁ」

ポウセンが、天井を見たまま言う。

「寝れねぇんだけど」

「……問題ない」

竹助が答える。

動きを止めずに。

「あと」

一拍。

「たったの652回だ」

「まだまだじゃねぇか!!」

夜は、まだ終わらない。

筋肉も、止まらない。

そして。

それぞれの“積み重ね”が。

静かに、進んでいた。

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