第50話 筋肉と常識のはざまで
村の一角。
小さな木造の家。
壁は古く、ところどころに補修の跡がある。
だが。
雑ではない。
丁寧に、長く使われてきたことが分かる。
風が吹くたびに、木がわずかに軋む音がした。
それが、この家の呼吸のようだった。
※
その中。
簡素な机を囲み、数人が立っている。
ポウセン。
竹助。
セリアーナ。
ミリア。
ダービル。
※
室内には、戦いの余韻がまだ残っていた。
血の匂いではない。
“戦場の気配”。
それが、うっすらと漂っている。
※
ポウセンが、ゆっくりと腕を組む。
話はすでに聞いた。
魔王シューベット。
五人衆。
領土侵攻。
点と点だった情報が、線になり始めている。
※
「……なるほどな」
低く、落ち着いた声。
「そんなことになってたのか」
※
その言葉には、誇張がない。
驚きも、怒りも、必要以上には出さない。
ただ、状況を受け止めている。
※
その姿に。
ミリアの心が、わずかに震えた。
(……ちゃんと、話が通じてる)
今までとは違う。
明らかに違う。
※
ダービルが言う。
「一緒に来い」
短い。
重い。
選択肢はないような言い方。
※
ポウセンは、すぐには答えない。
沈黙。
わずかな時間。
だが。
その“間”が、すべてだった。
※
視線が、窓の外へ流れる。
村。
人。
さっきまで、悲鳴を上げていた場所。
今は、静かだ。
だが。
その静けさは、“安心”ではない。
“終わったばかりの静けさ”。
※
「……けどよ」
ポウセンが、ぽつりと漏らす。
声は低い。
だが、確かに迷いがあった。
「村の人たちが心配だ」
※
その言葉。
それだけで。
ミリアの中の何かが、はっきりと変わった。
(……この人)
(まともだ)
胸の奥に、じわりと広がる感情。
安心。
救われたような感覚。
(ちゃんと、“考えてる”)
竹助は進む。
ダービルはねじ伏せる。
セリアーナは受け入れる。
でも、この人は違う。
“立ち止まって考える”。
(もしかして……)
(普通の人……?)
ミリアの目に、わずかに光が戻る。
※
ダービルが、すぐに答える。
「問題ない」
迷いはない。
「俺の部下を残す」
「警備につける」
「雑魚共相手なら十分だ」
※
ポウセンは、ゆっくりと首を振る。
「違う」
一言。
「そういう問題じゃねぇ」
一歩、前に出る。
空気が、わずかに変わる。
「ここは俺の故郷だ」
「魔族の俺を受け入れてくれた場所なんだ」
言葉が、重く落ちる。
「これ以上」
「危険な目に合わせたくねぇ」
※
沈黙。
誰も、軽く返せない。
その時。
外から、足音が近づく。
「ポウセンさん」
村人たちだった。
数人。
だが、その顔には決意があった。
「行ってきな」
一人が言う。
ポウセンの目が、わずかに揺れる。
「さっきみたいな連中が、他にもいるんだろ?」
「だったら、ここで止めないとダメだ」
「俺たちは、大丈夫だ」
「守ってもらったんだからな」
言葉は、強くない。
だが、逃げていない。
そして、子どもが前に出る。
あの少年。
「ポウセンの兄ちゃん!」
まっすぐな目。
「悪い人、やっつけてきてよ!」
その一言で。
すべてが決まる。
※
ポウセンが、目を閉じる。
一瞬だけ。
そして。
息を吐く。
「……分かった」
短い。
だが、重い決断だった。
※
「で」
振り向く。
「どこに向かう?」
沈黙。
時間が、止まる。
ポウセンの表情が、ゆっくりと変わる。
「……おい」
「まさか」
「場所、分かってねぇのか?」
完全な沈黙。
ミリアが、ゆっくりと視線を逸らす。
セリアーナも、ほんの少しだけ目を伏せる。
竹助は無言。
ダービルも無言。
※
「……お前ら」
ポウセンが額を押さえる。
「それで突っ込もうとしてたのかよ……」
深いため息。
「……仕方ねぇな」
切り替える。
一瞬で。
「もう少し離れた町に行く」
「情報を集める」
「聞き込みだ」
※
ミリアの顔が、ぱっと明るくなる。
「理論的です!!」
※
「当たり前だろ……」
ポウセンが呟く。
「あと」
続ける。
「今日は休め」
「お前ら、疲れてるだろう」
「明日出発だ」
「携帯食もいる」
「地図も確認する」
「準備してから動く」
※
その一つ一つが。
全部、正しい。
全部、普通だ。
ミリアの視界が、滲む。
涙が、溢れる。
※
「……え?」
ポウセンが戸惑う。
「お、おい!?どうした!?」
ミリアが、顔を覆う。
震えながら。
「私……」
「嬉しいです……」
ポウセン、固まる。
「やっと……」
「話が通じる人が現れました……」
※
沈黙。
竹助、ダービル、セリアーナ。
三人の視線が、静かにポウセンに集まる。
ポウセン。
「……なんだこれ」
※
その日。
ミリアは、久しぶりに“安心”という感覚を思い出した。
だが――
その安心が、長く続かないことを。
彼女は、まだ知らない。
※
こうして。
ポウセンの同行が、正式に決まった。
村を守るため。
そして、シューベットの侵攻を止めるため。
新たな戦力が加わる。
それは単純な人数以上に、大きな意味を持っていた。
※
ミリアは、胸の奥にじんわりと広がる安心感を覚えていた。
竹助。
ダービル。
セリアーナ。
全員、頼もしい。
だが。
どこか“常識”が通じない。
※
しかし。
ポウセンは違った。
話が通じる。
準備を重視する。
状況を整理する。
不安要素を確認する。
※
(やっと……)
(普通の人が……!)
※
感極まりそうになる。
だが。
その時だった。
※
ポウセンが、ふと真顔になる。
一歩前に出る。
空気が少しだけ引き締まる。
※
「……改めて」
低く。
だが、よく通る声。
「名乗らせてもらうぜ」
胸を張る。
その姿には、かつて戦場を駆けた男の誇りがあった。
「俺の名は――ポウセン!」
「魔王オーマ様の四天王の一人」
「切り込み隊長だ!」
風が吹く。
その名乗りには、確かな重みがあった。
※
ミリアが、少しだけ目を丸くする。
(急に自己紹介!?)
だが。
嫌いじゃない。
むしろ、少しかっこいい。
※
すると。
ダービルが、一歩前へ出る。
「我が名は、ダービル」
「同じく」
「魔王オーマ様の四天王の一人」
一拍。
その瞳に、揺るがぬ誇り。
「人は俺を――」
「“魔王軍最高の筋肉を持つ男”と呼ぶ」
※
沈黙。
重い。
自己紹介なのに、圧がすごい。
ミリアの頬がわずかに引きつる。
(自己紹介の情報量が重い!!)
※
だが。
セリアーナは、目を輝かせていた。
「いいですね!」
勢いよく前に出る。
「私の名前はセリアーナです!」
「神官を務めさせていただいております!」
「よろしくお願いします!」
礼儀正しい。
非常にまとも。
……に見える。
しかし。
この場にいる時点で、やはり普通ではない。
※
そして。
全員の視線が。
自然と、竹助へ向いた。
沈黙。
竹助。
動じない。
静かに。
一歩前へ。
「通りすがりの筋肉だ」
一拍。
「筋肉は裏切らない」
※
沈黙。
ポウセンが目を閉じる。
ダービルは、深く頷く。
セリアーナは感動している。
ミリアだけが、取り残される。
(自己紹介って何でしたっけ!?)
セリアーナが、即座に補足する。
「筋肉の勇者様です!」
※
「補足になってます!?」
心の中で全力ツッコミ。
※
そして。
自然な流れで。
全員の視線が、一斉にミリアへ向いた。
※
「え」
※
突然。
完全に、予想外。
「わ、私!?」
動揺。
視線が痛い。
四天王。
勇者。
神官。
その流れの後。
自分。
荷が重い。
非常に重い。
「み、ミリアです!」
慌てて頭を下げる。
「補助神官やってます!」
一拍。
声が少し震える。
「が、頑張ります……!」
※
沈黙。
そして。
「うむ」
ダービル。
「よろしく頼むぜ」
ポウセン。
※
「改めてよろしくお願いしますね」
セリアーナ。
「一緒に頑張りましょう!」
※
竹助。
「積め」
※
「最後だけ雑!!」
思わず叫ぶ。
その声に。
村の空気が、少しだけ和らいだ。
※
こうして。
奇妙で。
濃すぎて。
だが、確かに頼もしい一行が完成した。
筋肉の勇者。
神官。
補助神官。
魔王軍四天王、二名。
※
常識と筋肉。
理論と狂気。
その全てを乗せて。
新たな旅が、本格的に動き出そうとしていた。




