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第50話 筋肉と常識のはざまで

村の一角。

小さな木造の家。

壁は古く、ところどころに補修の跡がある。

だが。

雑ではない。

丁寧に、長く使われてきたことが分かる。

風が吹くたびに、木がわずかに軋む音がした。

それが、この家の呼吸のようだった。

その中。

簡素な机を囲み、数人が立っている。

ポウセン。

竹助。

セリアーナ。

ミリア。

ダービル。

室内には、戦いの余韻がまだ残っていた。

血の匂いではない。

“戦場の気配”。

それが、うっすらと漂っている。

ポウセンが、ゆっくりと腕を組む。

話はすでに聞いた。

魔王シューベット。

五人衆。

領土侵攻。

点と点だった情報が、線になり始めている。

「……なるほどな」

低く、落ち着いた声。

「そんなことになってたのか」

その言葉には、誇張がない。

驚きも、怒りも、必要以上には出さない。

ただ、状況を受け止めている。

その姿に。

ミリアの心が、わずかに震えた。

(……ちゃんと、話が通じてる)

今までとは違う。

明らかに違う。

ダービルが言う。

「一緒に来い」

短い。

重い。

選択肢はないような言い方。

ポウセンは、すぐには答えない。

沈黙。

わずかな時間。

だが。

その“間”が、すべてだった。

視線が、窓の外へ流れる。

村。

人。

さっきまで、悲鳴を上げていた場所。

今は、静かだ。

だが。

その静けさは、“安心”ではない。

“終わったばかりの静けさ”。

「……けどよ」

ポウセンが、ぽつりと漏らす。

声は低い。

だが、確かに迷いがあった。

「村の人たちが心配だ」

その言葉。

それだけで。

ミリアの中の何かが、はっきりと変わった。

(……この人)

(まともだ)

胸の奥に、じわりと広がる感情。

安心。

救われたような感覚。

(ちゃんと、“考えてる”)

竹助は進む。

ダービルはねじ伏せる。

セリアーナは受け入れる。

でも、この人は違う。

“立ち止まって考える”。

(もしかして……)

(普通の人……?)

ミリアの目に、わずかに光が戻る。

ダービルが、すぐに答える。

「問題ない」

迷いはない。

「俺の部下を残す」

「警備につける」

「雑魚共相手なら十分だ」

ポウセンは、ゆっくりと首を振る。

「違う」

一言。

「そういう問題じゃねぇ」

一歩、前に出る。

空気が、わずかに変わる。

「ここは俺の故郷だ」

「魔族の俺を受け入れてくれた場所なんだ」

言葉が、重く落ちる。

「これ以上」

「危険な目に合わせたくねぇ」

沈黙。

誰も、軽く返せない。

その時。

外から、足音が近づく。

「ポウセンさん」

村人たちだった。

数人。

だが、その顔には決意があった。

「行ってきな」

一人が言う。

ポウセンの目が、わずかに揺れる。

「さっきみたいな連中が、他にもいるんだろ?」

「だったら、ここで止めないとダメだ」

「俺たちは、大丈夫だ」

「守ってもらったんだからな」

言葉は、強くない。

だが、逃げていない。

そして、子どもが前に出る。

あの少年。

「ポウセンの兄ちゃん!」

まっすぐな目。

「悪い人、やっつけてきてよ!」

その一言で。

すべてが決まる。

ポウセンが、目を閉じる。

一瞬だけ。

そして。

息を吐く。

「……分かった」

短い。

だが、重い決断だった。

「で」

振り向く。

「どこに向かう?」

沈黙。

時間が、止まる。

ポウセンの表情が、ゆっくりと変わる。

「……おい」

「まさか」

「場所、分かってねぇのか?」

完全な沈黙。

ミリアが、ゆっくりと視線を逸らす。

セリアーナも、ほんの少しだけ目を伏せる。

竹助は無言。

ダービルも無言。

「……お前ら」

ポウセンが額を押さえる。

「それで突っ込もうとしてたのかよ……」

深いため息。

「……仕方ねぇな」

切り替える。

一瞬で。

「もう少し離れた町に行く」

「情報を集める」

「聞き込みだ」

ミリアの顔が、ぱっと明るくなる。

「理論的です!!」

「当たり前だろ……」

ポウセンが呟く。

「あと」

続ける。

「今日は休め」

「お前ら、疲れてるだろう」

「明日出発だ」

「携帯食もいる」

「地図も確認する」

「準備してから動く」

その一つ一つが。

全部、正しい。

全部、普通だ。

ミリアの視界が、滲む。

涙が、溢れる。

「……え?」

ポウセンが戸惑う。

「お、おい!?どうした!?」

ミリアが、顔を覆う。

震えながら。

「私……」

「嬉しいです……」

ポウセン、固まる。

「やっと……」

「話が通じる人が現れました……」

沈黙。

竹助、ダービル、セリアーナ。

三人の視線が、静かにポウセンに集まる。

ポウセン。

「……なんだこれ」

その日。

ミリアは、久しぶりに“安心”という感覚を思い出した。

だが――

その安心が、長く続かないことを。

彼女は、まだ知らない。

こうして。

ポウセンの同行が、正式に決まった。

村を守るため。

そして、シューベットの侵攻を止めるため。

新たな戦力が加わる。

それは単純な人数以上に、大きな意味を持っていた。

ミリアは、胸の奥にじんわりと広がる安心感を覚えていた。

竹助。

ダービル。

セリアーナ。

全員、頼もしい。

だが。

どこか“常識”が通じない。

しかし。

ポウセンは違った。

話が通じる。

準備を重視する。

状況を整理する。

不安要素を確認する。

(やっと……)

(普通の人が……!)

感極まりそうになる。

だが。

その時だった。

ポウセンが、ふと真顔になる。

一歩前に出る。

空気が少しだけ引き締まる。

「……改めて」

低く。

だが、よく通る声。

「名乗らせてもらうぜ」

胸を張る。

その姿には、かつて戦場を駆けた男の誇りがあった。

「俺の名は――ポウセン!」

「魔王オーマ様の四天王の一人」

「切り込み隊長だ!」

風が吹く。

その名乗りには、確かな重みがあった。

ミリアが、少しだけ目を丸くする。

(急に自己紹介!?)

だが。

嫌いじゃない。

むしろ、少しかっこいい。

すると。

ダービルが、一歩前へ出る。

「我が名は、ダービル」

「同じく」

「魔王オーマ様の四天王の一人」

一拍。

その瞳に、揺るがぬ誇り。

「人は俺を――」

「“魔王軍最高の筋肉を持つ男”と呼ぶ」

沈黙。

重い。

自己紹介なのに、圧がすごい。

ミリアの頬がわずかに引きつる。

(自己紹介の情報量が重い!!)

だが。

セリアーナは、目を輝かせていた。

「いいですね!」

勢いよく前に出る。

「私の名前はセリアーナです!」

「神官を務めさせていただいております!」

「よろしくお願いします!」

礼儀正しい。

非常にまとも。

……に見える。

しかし。

この場にいる時点で、やはり普通ではない。

そして。

全員の視線が。

自然と、竹助へ向いた。

沈黙。

竹助。

動じない。

静かに。

一歩前へ。

「通りすがりの筋肉だ」

一拍。

「筋肉は裏切らない」

沈黙。

ポウセンが目を閉じる。

ダービルは、深く頷く。

セリアーナは感動している。

ミリアだけが、取り残される。

(自己紹介って何でしたっけ!?)

セリアーナが、即座に補足する。

「筋肉の勇者様です!」

「補足になってます!?」

心の中で全力ツッコミ。

そして。

自然な流れで。

全員の視線が、一斉にミリアへ向いた。

「え」

突然。

完全に、予想外。

「わ、私!?」

動揺。

視線が痛い。

四天王。

勇者。

神官。

その流れの後。

自分。

荷が重い。

非常に重い。

「み、ミリアです!」

慌てて頭を下げる。

「補助神官やってます!」

一拍。

声が少し震える。

「が、頑張ります……!」

沈黙。

そして。

「うむ」

ダービル。

「よろしく頼むぜ」

ポウセン。

「改めてよろしくお願いしますね」

セリアーナ。

「一緒に頑張りましょう!」

竹助。

「積め」

「最後だけ雑!!」

思わず叫ぶ。

その声に。

村の空気が、少しだけ和らいだ。

こうして。

奇妙で。

濃すぎて。

だが、確かに頼もしい一行が完成した。

筋肉の勇者。

神官。

補助神官。

魔王軍四天王、二名。

常識と筋肉。

理論と狂気。

その全てを乗せて。

新たな旅が、本格的に動き出そうとしていた。

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