第49話 筋肉を超える速度
風が、走っていた。
目に見えないほどの速さで。
村の中を、縫うように。
それは――ポウセンだった。
※
一歩。
踏み込む。
次の瞬間には、別の場所にいる。
拳。
蹴り。
一撃。
それだけで、魔族が崩れる。
骨が砕け。
肉が裂け。
悲鳴が上がる前に、次の一体が倒れる。
※
「な、なんだ……!」
魔族の一体が、後退る。
視界に捉えられない。
追えない。
認識できない。
※
ポウセンは止まらない。
速度が、さらに上がる。
“迷い”が消えたことで。
本来の動きが、解放されていた。
※
「こっちに集まれ!!」
ポウセンの声が響く。
村人たちが、はっとする。
指示。
それは、戦場の声だった。
迷いのない、命令。
※
「中央に集まれ!」
「動くな!」
「怪我人は寝かせろ!」
的確。
無駄がない。
村人たちが、一箇所に集まっていく。
※
ポウセンの動きが変わる。
守る範囲が、限定される。
視界が整理される。
※
「……いい」
小さく呟く。
これでいい。
※
次の瞬間。
速度が、さらに跳ね上がる。
※
一体。
二体。
三体。
魔族が、次々に沈む。
※
「ば、ばかな……!」
タラスコウの声が、初めて揺れる。
※
そして。
静寂。
※
残っているのは――
ポウセン。
タラスコウ。
それだけだった。
※
「ば、ばかな……」
タラスコウが、後ずさる。
部下は、全滅。
理解が、追いつかない。
※
ポウセンは、ゆっくりと歩み出る。
その表情は――
笑っていた。
※
口元が、吊り上がる。
目が、細くなる。
全身から、熱が立ち上る。
白い蒸気が、筋肉の隙間から噴き出す。
※
楽しんでいる。
※
その姿は、明らかに異質だった。
戦場に立ちながら。
喜びを感じている。
※
「何者だ、貴様……!?」
タラスコウが叫ぶ。
恐怖が、混ざる。
※
ポウセンが答える。
「魔王オーマ四天王」
一歩。
「切り込み隊長――ポウセンだ」
※
「なっ……!?」
タラスコウの目が見開かれる。
「四天王だと!?」
「なぜこんな田舎に……!」
※
ポウセンが肩をすくめる。
「俺にだって事情があるんだよ」
軽い。
だが、その奥にあるものは重い。
※
タラスコウの表情が、変わる。
恐怖から――
冷静へ。
※
「……残念だったな」
低く言う。
「準備は、終わっている」
※
ポウセンの足が止まる。
「……なに?」
※
次の瞬間。
地面が光る。
円。
線。
符号。
無数の魔方陣が、地面に広がっていた。
※
一つではない。
二つでもない。
数十。
タラスコウの周囲を覆っている。
※
「なかなかのスピードだ」
タラスコウが言う。
「だが」
一拍。
「届かなければ意味はない」
※
指を動かす。
魔方陣が脈動する。
※
「これはカウンター式でな」
「上を敵が通過すると、自動で発動する」
「つまり」
「俺に近づけば、死ぬ」
※
沈黙。
※
ポウセンが、ゆっくりと笑う。
「……そうか」
一拍。
「面白いな」
※
「何が面白い?」
タラスコウが眉をひそめる。
※
ポウセン。
「要するに」
「俺のスピードと」
「お前の魔方陣」
一拍。
「どっちが速いかってことだろ?」
※
「は?」
理解が追いつかない。
※
ポウセンが、距離を取る。
構える。
身体を沈める。
※
「いいだろう」
「受けて立ってやる」
※
「何をしている!?」
タラスコウが叫ぶ。
「カウンターだと言っているだろう!」
「近づけば終わりだぞ!?」
※
「うるせぇ」
ポウセンが吐き捨てる。
※
「敵のとっておきを」
一歩。
「真正面からねじ伏せる」
一拍。
「だから面白ぇんだろうが」
※
タラスコウの背に、冷たい汗が流れる。
(なんだこいつは……)
(狂っているのか……!?)
※
その時。
「ポウセンの兄ちゃん!」
子どもの声。
小さな声。
だが、真っ直ぐだった。
「そんなやつ、やっつけちゃえ!」
※
ポウセンが、振り返る。
一瞬だけ。
そして。
笑う。
「おう」
※
次の瞬間。
地面が爆ぜる。
ポウセンが、消える。
※
――速い。
視界から消える。
※
タラスコウの魔方陣が反応する。
発動。
爆発。
連鎖。
※
同時に。
両手で盾の魔方陣を展開する。
「バカめ!!」
「これで攻撃は――」
※
シュン
※
言葉が、途切れる。
※
ポウセンは、すでに通過していた。
※
一瞬の静寂。
※
タラスコウの首が、ずれる。
「……は?」
※
ズレる。
落ちる。
※
遅れて。
魔方陣が発動する。
爆発。
爆発。
爆発。
※
だが。
もう遅い。
※
ポウセンは、背後に立っていた。
※
「遅ぇんだよ」
小さく呟く。
※
戦いは、終わった。
※
村に、静けさが戻る。
※
村人たちは、震えながらも動き出す。
負傷者の手当て。
倒れた者の確認。
後片付け。
※
ポウセンも、その中にいた。
血に濡れた手で。
誰かを助けている。
※
その時。
新たな影が、村へと入ってくる。
※
「……ここか」
※
竹助。
セリアーナ。
ミリア。
そして――
ダービル。
※
ダービルが、口を開く。
「よう、ポウセン」
※
ポウセンが振り向く。
「……ダービル?」
一拍。
「なんでここに――」
※
視線が、横へ動く。
※
竹助。
※
「……え?」
※
完全に、思考が止まる。
※
「……えぇ!?」
村に、新たな波が広がった。




