表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
53/71

第48話 筋肉を切り裂く疾風

静かな村だった。

山に囲まれた、小さな集落。

朝はゆっくりと始まり、

夜は穏やかに閉じる。

風は柔らかく。

鳥のさえずりが、遠くまで響く。

人の声は穏やかで。

怒号も、悲鳴も、存在しない。

争いとは、無縁の場所。

それが、この村だった。

その一角。

一人の男が、丸太を肩に担いでいた。

ポウセン。

かつて――

魔王軍四天王。

そして。

戦場の最前線を切り裂き続けた男。

“切り込み隊長”。

だが今は。

「……ふぅ」

丸太を下ろし、軽く息を吐く。

額に浮かぶ汗を、手の甲で拭う。

その仕草は、どこかゆったりとしていた。

村人が、笑顔で声をかける。

「助かるよ、ポウセンさん!」

「あぁ」

短く返す。

だが、その声には棘がない。

かつての鋭さは、薄れていた。

子どもたちが、笑いながら走り回る。

畑では、誰かが土を耕している。

家々からは、料理の匂いが漂ってくる。

煙。

笑い声。

何気ない日常。

ポウセンは、それを眺める。

しばらく、何も言わずに。

そして、ぽつりと呟いた。

「……悪くない」

それは、本心だった。

鍛練は続けている。

毎日。

欠かさず。

身体は、鈍っていない。

むしろ、研ぎ澄まされている。

だが。

心は――

どこか、緩んでいた。

戦場から、遠ざかりすぎていた。

血の匂いを忘れ。

叫びを忘れ。

“命の重さ”を、遠ざけていた。

その時だった。

――違和感。

ほんの一瞬。

風が、止まる。

音が、消える。

世界が、わずかに歪む。

「……なんだ?」

ポウセンが、空を見上げる。

空は変わらない。

だが。

何かが、確実に“侵入してきた”。

次の瞬間。

悲鳴。

「きゃあああああ!!」

鋭い声が、村を裂いた。

「なに!?」

ポウセンの身体が反応する。

思考より先に。

地面を蹴る。

消える。

辿り着いた先。

そこにあったのは――

“非日常”。

影が、村を覆っていた。

複数。

黒い装束の魔族たち。

その手には、血。

すでに、何人かが倒れている。

そして。

その中央に。

一人の男。

細い体。

無駄のない筋肉。

だが。

ただ立っているだけで、空気を支配している。

重い。

冷たい。

圧。

「……なんだ、ここは」

男が、呟く。

感情がない。

温度がない。

ただ、状況を確認するような声。

「田舎か」

一拍。

「ちょうどいい」

ポウセンが、前に出る。

村人の前に立つ。

背中で、守る。

「……何者だ」

低い声。

だが。

ほんのわずかに。

“遅れ”があった。

男が視線を向ける。

「答える必要はない」

一拍。

「だが、教えてやろう」

「俺は五人衆の1人、タラスコウ」

「魔王シューベットの命により」

「領土拡大のために来た」

静かに。

淡々と。

「逆らう者は」

「皆殺しだ」

村人の息が止まる。

恐怖が、空気に染み出す。

「……シューベット」

ポウセンが、呟く。

記憶が、引っかかる。

古い戦い。

魔王オーマと戦い、敗れた魔王。

だが。

それは、過去の話だ。

今は――

「やれ」

タラスコウの一言。

それだけで。

魔族たちが、一斉に動く。

ポウセンの姿が消える。

――速い。

一瞬で間合いを詰める。

拳。

蹴り。

連撃。

魔族が吹き飛ぶ。

骨が砕ける音。

肉が裂ける音。

「なかなかやるな」

タラスコウが呟く。

興味は、まだない。

ポウセンは止まらない。

だが――

「ぎゃあああ!!」

別方向。

悲鳴。

視線を向ける。

村人が、倒される。

血が、地面に広がる。

「……くそ」

歯を食いしばる。

範囲が広い。

敵が多い。

一人では――

守りきれない。

その一瞬。

迷い。

躊躇。

それが、生まれる。

“遅れ”。

村人が、もう一人倒れる。

「遅い」

タラスコウが言う。

ただの事実として。

「守れないなら、意味がない」

その言葉が。

ポウセンの奥底を、叩く。

記憶が、溢れる。

戦場。

血。

叫び。

踏み込む。

斬る。

止まらない。

止まれば、終わる。

「……あぁ」

ポウセンが、呟く。

静かに。

だが、確かに。

思い出した。

忘れていたのではない。

目を逸らしていた。

目が、変わる。

鋭く。

深く。

戦場の目。

「そうだ」

一歩。

地面が沈む。

「俺は」

一拍。

「止まる側じゃない」

風が、弾ける。

ポウセンが消える。

次の瞬間。

魔族の首が飛ぶ。

一撃。

迷いなし。

躊躇なし。

連続。

加速。

止まらない。

タラスコウの目が、初めて揺れる。

「……なに?」

ポウセンは止まらない。

守るのではない。

敵を消す。

それが、最短。

それが、最適。

「思い出した」

低く。

「戦場ってのは――」

一歩。

「こういう場所だ」

男は、戻った。

平和に馴染んだ男ではない。

血の中で生きる者。

魔王軍四天王。

そして。

最前線を切り裂く者。

“切り込み隊長”ポウセン。

ここに、再臨する。

その背後で。

まだ震える村人たちがいた。

守りきれなかった命があった。

それでも。

ポウセンは、前を向く。

止まらない。

止まれない。

その背に。

風が、渦を巻いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ