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第47話 筋肉が導く進軍

森の奥。

先ほどまでの激戦の名残が、まだ色濃く残っていた。

踏み荒らされた地面。

裂けた土。

折れた枝が、無造作に散らばっている。

風が吹くたびに、かすかな血の匂いが鼻をかすめた。

静かだ。

だが。

その静けさは、“終わった”からではない。

“何かが始まる前の静けさ”だった。

その中を、二つの影が進む。

竹助とセリアーナ。

足取りは、迷いがない。

セリアーナは、周囲に視線を走らせる。

わずかな違和感も見逃さないように。

「……こちらですね」

小さく、だが確信を持った声。

足元の痕跡。

削れた地面の方向。

空気に残る圧。

すべてが、一つの地点を指している。

「来たか」

低い声。

ダービルだった。

その姿を見つけた瞬間。

セリアーナの肩から、ほんのわずかに力が抜ける。

「無事で何よりです」

心からの言葉。

「こちらも問題ない」

短い返答。

だが。

それだけで十分だった。

生きている。

それが、何よりの情報だった。

ミリアは、その場に立っていた。

だが。

どこか、浮いている。

視線が、定まらない。

呼吸も、まだ少し乱れている。

先ほどの戦い。

あまりにも濃密で。

あまりにも現実離れしていて。

理解が、まだ追いついていなかった。

それでも。

言わなければならないことがある。

「……あの」

声が、わずかに震える。

全員の視線が、自然と集まる。

逃げ場はない。

ミリアは、息を吸う。

そして。

「敵の正体……分かりました」

一拍。

喉が、乾く。

それでも、続ける。

「魔王……シューベットです」

空気が、わずかに沈む。

重くなる。

言葉一つで、場の温度が変わる。

それが、“魔王”という存在だった。

セリアーナが、静かに目を細める。

「魔王……ですか」

予想はしていた。

だが。

実際に名が出ると。

それは“仮定”ではなく“現実”になる。

脅威の輪郭が、はっきりと浮かび上がる。

「五人衆っていう幹部もいて……!」

ミリアの言葉が、少し早くなる。

焦りが、滲む。

「その一人と戦って……!」

言葉を切る。

視線が、ダービルへ向く。

「……勝ちましたけど」

だが、すぐに続ける。

「けど、相手は魔王ですよ!?」

その一言。

そこに、すべての不安が詰まっていた。

セリアーナは、ゆっくりと頷く。

「そうですね」

まず、受け止める。

否定しない。

軽視もしない。

「……まずは、報告を出します」

冷静な判断。

手元に、小さな紙を取り出す。

通信魔法。

簡易だが、確実に届く。

筆が走る。

状況。

敵の正体。

位置。

簡潔に、だが一切の無駄なく。

思考が整理されていく。

「これで、援軍は動くはずです」

紙が淡く光る。

そして。

音もなく、消えた。

ミリアの表情が、わずかに緩む。

「じゃあ……!」

希望。

すがるような声。

「援軍を待ちましょう!」

それが、正しい。

それが、普通だ。

相手は魔王。

個人でどうにかできる存在ではない。

それが、この世界の“常識”。

だが。

セリアーナは、考える。

ほんの一瞬。

だが、その中で結論は出ていた。

「……そうですね」

一度、肯定する。

だが。

「ですが」

ミリアの表情が、固まる。

「待っているだけでは」

「被害が増えるだけです」

現実。

逃げられない事実。

「相手は領土を広げようとしています」

「つまり、時間が経てば経つほど不利になります」

言葉は静か。

だが。

確実に重い。

「なら」

竹助が口を開く。

空気が、わずかに変わる。

「答えは簡単だな」

一拍。

「援軍を待ちつつ、敵も倒す」

ミリアの思考が、完全に止まる。

言葉が、理解できない。

処理できない。

そして。

「そんなむちゃくちゃな!?」

叫びになる。

当然だった。

論理として成立していない。

だが。

この場では。

それが“成立してしまう”。

「待て」

ダービルの声が落ちる。

重い。

場を、制圧する声。

全員の視線が向く。

「敵は魔王だ」

一拍。

「だが」

「こちらには勇者がいる」

視線が、竹助へ。

「それも」

「オーマ様と互角に渡り合った勇者がな」

ミリアの目が見開かれる。

「……え?」

理解が、追いつかない。

常識が、崩れていく。

「魔王シューベットの名は聞いたことがある」

ダービルは続ける。

「ずいぶん昔の話だが」

「オーマ様と戦って、敗れている」

「え!?魔王同士で戦ったんですか!?」

ミリアの声が弾ける。

想定外。

完全に、想定外。

「あぁ」

ダービルは頷く。

「領土を巡ってな」

「シューベットが挑んできて」

「オーマ様が返り討ちにした」

その顔には。

誇りがあった。

揺るがない。

絶対的な信頼。

セリアーナが、静かに整理する。

「……つまり」

「実力は、オーマさんより下」

「そういうことですね?」

「今は分からん」

ダービルは即答する。

曖昧にしない。

「だが、オーマ様は鍛練を重ねてきた」

「その差が埋まるとは思えん」

断言する。

そして。

「それに」

視線が竹助へ。

「オーマ様は、魔力をすべて筋肉に変換し」

「超筋肉を手に入れたのだろう?」

竹助が頷く。

「あぁ」

一拍。

「素晴らしい筋肉だった」

「また筋肉……!!」

ミリアが頭を抱える。

現実が、遠い。

「つまりだ」

ダービルが言う。

「そのオーマ様と互角の勇者がいる」

一拍。

「勇者は、シューベットにも勝てる」

セリアーナの目が輝く。

「なるほど!」

「そうとも言えますね!」

理解が早い。

適応が早い。

だが。

ミリアは違う。

「でも!」

「部下もいるんですよね!?」

「数で攻められたら……!」

「問題ない」

ダービルは即答する。

「五人衆とやら」

一拍。

「恐れるに足りぬ」

事実として言い切る。

「他に四人いようと」

「この俺が筋肉でねじ伏せる」

セリアーナが頷く。

「頼もしいです!」

ミリアは、震えながら呟く。

「……あの」

「それってつまり……」

竹助。

「理解した」

ダービル。

「俺たちで叩く」

断言。

迷いなし。

「部下が何人いようと、有象無象にすぎぬ」

ミリア。

「やっぱり……!!」

崩れる。

その空気の中で。

セリアーナが、前に出る。

「ダービルさん!」

「一緒に来てくださるんですね!?」

竹助。

「頼りにしているぞ」

ダービル。

「当然だ」

一拍。

「オーマ様を侮辱した」

「それを見逃せば、四天王の名が廃る」

そして。

「強者は、1人でも多い方がいいだろう?」

「決まりですね!」

セリアーナが笑う。

その時。

ダービルが、ふと呟く。

「……もう一人」

空気が止まる。

「強者に心当たりがある」

「え?」

セリアーナが首を傾げる。

「俺と同じくらい強い男だ」

「その男の田舎が、少し離れたところにあってな」

竹助の目が、わずかに細くなる。

「……ほう」

セリアーナが息を呑む。

「それって……もしかして」

ミリアは、空を見上げた。

完全に。

限界だった。

「……もう無理」

その声は。

誰にも拾われず。

静かに、風に溶けた。

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